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my life

建築設計の道に志したのは 中学生の時でした。
家に帰ると 方眼紙に自邸と称してプランを練っていた時期もありました。

遠くからながめれば竹藪と椎木でうっそうとしているような集落に育ったせいか牧歌的な家が好きでした。
ときどき 当時の住宅会社の営業マンが持ってくる小冊子には都会の小洒落た家の写真が多く紹介されていましたが あまりそういう家にあこがれを持つようなことはありませんでした。

高専時代は 民家が好きで信州によくでかけていました。とりわけ木曽地方や伊那谷の民家に魅かれものです。
山岳部に所属し 長野方面や鈴鹿山系に通い 自然の中で遊ぶ楽しさを覚えたのもこの頃でした。

クラスで設計事務所に就職するのは自分だけで なんとなく他の友人との距離を感じていました。
雑誌でみた気に入った建築設計事務所に手紙を出し 京都で面接をし、誕生日に一緒に働こうと書いた葉書が届いたのがとても嬉しかった記憶があります。
高度成長の真っただ中で クラスの大半はゼネコンや一般企業に就職しましたが あえて小さなアトリエ的な事務所に自分の未来を託したのは私だけでした。ある意味 別の価値観から考えたら世間知らずだったかもしれません。

アトリエ的な事務所に育まれて 実務とデザインを学び 30歳を前にして独立しました。
まだ子供も幼く 不安だらけの出発でした。妻の父親が後年 そのことを一緒に昼ごはんを食べたとき ぽつんと言葉にしました。


200近い様々な仕事と またクライアントとの関係の中でいろいろなことを教わりながら 今日にいたっています。
物をつくる--形や空間 機能--楽しさと厳しさとを経験しながらも 何が大切なことなのか ということを探っています。いくつになってもこういう姿勢は こういう仕事にはつきものです。

趣味は 社会人になって更に登山に親しみ 3000mを超す山は踏破したのを区切りにしてしばらくお休み。山という自然は 渓流釣りや高山植物めぐり 山菜の知識を自分にもたらした。スケッチもいろいろで釣りやドライブ 旅行の徒然に楽しんでいます。浅く広く・・・といったところですが何が自分に合っているのか 夢中になれるものがあれば
たとえ短い期間だったとしてもその時間を大切にしています。

最近 アングラーになろうとロッドを買いました。餌なしで魚と向き合うのが楽しい・・・・のです。





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by zou337 | 2017-12-26 23:24 | はじめに | Comments(0)

 プロフィール

□ 1951   豊川市生

□ 豊田高専建築学科卒

□ 1971~1980   東京(株)設計連合  
              (株)RIA  名古屋支店勤務
                            
□ 1980年~   一級建築士事務所 佐野利文建築設計事務所設立
 
             住宅を中心に 店舗  事務所 クリニック 幼稚園 工場など
             ストローハット シンフォニー松三館 豊川四川飯店 カットハウス孫太朗 ボンとらや北山店
             星野小児歯科 愛知双葉幼稚園 ベルク本社工場 乙部会計事務所 大谷歯科/御津
             個人住宅  愛知県内/豊川市 豊橋市 安城市 岡崎市 浜松市 名古屋市

□ 2012年~     還暦を迎えて ZOU(蔵) PLAN として再活動開始 
       

□ 好きな言葉    
 創意工夫 日常の中に光あり  自然体
 

□ 趣味嗜好 
  ・ 学生時代---- 民家探索 古寺巡礼  柔道   山岳部
  ・ 社会人 ----  登山  山菜採り 中国語  民家探索
              水泳  スケッチ  温泉巡り   カメラ   旅 
□ 大切にしていること
  家族 友情 自分の夢
                       

□ 好きなこと してみたいこと

  今の仕事/家具 住空間/楽しい暮らし  商業空間/夢の空間 
  生産施設/機能本位の中の美
いわゆる観光地を歩くより無名の村や街を散策すること・・・ヨーロッパの田舎町をドライブする
  のが夢
 
  

 
























・・・                       
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by zou337 | 2017-12-26 06:09 | はじめに | Comments(0)

最近の住宅事情私観

雑誌では 「新進気鋭」の若い建築家が「どうだ」「これでもか」と意気盛んに個性的なデザインと発想で住宅が発表されてているのは昔から変わらない。
奇異としか思えぬ奇抜な形やこんな家にはたして住むことができるのだろうか、一過性の目新しさのデザインは確かに新鮮でもあり またそのアイデアと造形力に感心もするが一方では建築家の売名行為としか写らない建物も多いように思える。

競争激しい氾濫するハウスメーカーのデザインはここのところ 各社ともなんとなく同じような外観と思えてしまうのは住宅の商品化というレベルで発達してきたという背景があるからなのか・・・・。
外壁は様々なパターンの防火サイディングボードボードに包まれ 高性能のサッシ みょうちきりんな片流れの乱用にもにたまとめ方 新しい設備のオンパレードで付加価値をあげようと必死である。

住まいとは・・・暮らすことの楽しさの本質とは・・・そういう探究による家造りは わずかな良心的な建築家によるものでしかありえない時代なってしまいつつある。

素材に対するこだわり、住むことのこだわり、楽しさへのこだわり こだわりの中身は人それそれだろうが
いい家というのは 過度な主張もせず 環境に素直に順応し その中で「幸せ」を見つけ出しているそんな形の家ではなかろうか。
風通し プライバシー セキュリティ 日照という視点と並行に「暮らしやすさ」とはなにかという視点はなんだろうか。
お洒落なインテリアだとしても 毎日が闘いではストレスがたまって仕方ない。
疲れないというのは住みやすさの条件である。
目新しい実験住宅は挑戦していく姿勢としては評価すべきものではあるけれども それも程度問題であろう。
ただ単に「新しさ」だけなら住む側にとってはいい迷惑な話である。お金を使って好き勝手なことをされても困る。創意工夫というのは足がついてこそ意味があり 受け入れられ 生活に貢献するものだ。

無理もせず 自然の中で時間ともに変化していく余白のある家というのは 何十年もつかいこなせられる
住む道具 器として 人の温もりを包み込む空間と機能をたずさえた家がいい。

加齢とともにますますこんな感慨がふつふつと湧き上がる。
普通の家がいいといったのは かつて「住宅建築」で自分のことが記事になったときであった。
今でもその考えは変わらない。普通の意味を問い続ける姿勢を大事にしている。

格好いい家とは 遠くにありて目立たず 近くにありて存在感のある 味のある佇まいだろう。

引退するまで どのくらい自分らしい仕事ができるかわからないけれど 今一度確かめたい自分の設計思想とでもいうのか・・・初心忘るべからず・・・・かな。












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by zou337 | 2014-10-25 16:21 | はじめに | Comments(0)