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最近の住宅事情私観

雑誌では 「新進気鋭」の若い建築家が「どうだ」「これでもか」と意気盛んに個性的なデザインと発想で住宅が発表されてているのは昔から変わらない。
奇異としか思えぬ奇抜な形やこんな家にはたして住むことができるのだろうか、一過性の目新しさのデザインは確かに新鮮でもあり またそのアイデアと造形力に感心もするが一方では建築家の売名行為としか写らない建物も多いように思える。

競争激しい氾濫するハウスメーカーのデザインはここのところ 各社ともなんとなく同じような外観と思えてしまうのは住宅の商品化というレベルで発達してきたという背景があるからなのか・・・・。
外壁は様々なパターンの防火サイディングボードボードに包まれ 高性能のサッシ みょうちきりんな片流れの乱用にもにたまとめ方 新しい設備のオンパレードで付加価値をあげようと必死である。

住まいとは・・・暮らすことの楽しさの本質とは・・・そういう探究による家造りは わずかな良心的な建築家によるものでしかありえない時代なってしまいつつある。

素材に対するこだわり、住むことのこだわり、楽しさへのこだわり こだわりの中身は人それそれだろうが
いい家というのは 過度な主張もせず 環境に素直に順応し その中で「幸せ」を見つけ出しているそんな形の家ではなかろうか。
風通し プライバシー セキュリティ 日照という視点と並行に「暮らしやすさ」とはなにかという視点はなんだろうか。
お洒落なインテリアだとしても 毎日が闘いではストレスがたまって仕方ない。
疲れないというのは住みやすさの条件である。
目新しい実験住宅は挑戦していく姿勢としては評価すべきものではあるけれども それも程度問題であろう。
ただ単に「新しさ」だけなら住む側にとってはいい迷惑な話である。お金を使って好き勝手なことをされても困る。創意工夫というのは足がついてこそ意味があり 受け入れられ 生活に貢献するものだ。

無理もせず 自然の中で時間ともに変化していく余白のある家というのは 何十年もつかいこなせられる
住む道具 器として 人の温もりを包み込む空間と機能をたずさえた家がいい。

加齢とともにますますこんな感慨がふつふつと湧き上がる。
普通の家がいいといったのは かつて「住宅建築」で自分のことが記事になったときであった。
今でもその考えは変わらない。普通の意味を問い続ける姿勢を大事にしている。

格好いい家とは 遠くにありて目立たず 近くにありて存在感のある 味のある佇まいだろう。

引退するまで どのくらい自分らしい仕事ができるかわからないけれど 今一度確かめたい自分の設計思想とでもいうのか・・・初心忘るべからず・・・・かな。












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by zou337 | 2014-10-25 16:21 | はじめに | Comments(0)