庭の山菜を食して春の味

めっきり春めいて 庭の様相も日に日に新緑の色あいが増えつつあります。
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シロモジ リョウブ コブシ ハウチワカエデ アオダモ ヒメシャラ コナラ ウケザキオオヤマレンゲ・・・・・好きな木を植えてきました。ヤマモミジ モッコク コナラは実生です

足元の芽吹きも盛んでにぎやか。
その中の山菜として食されるものを摘み取って天ぷら おひたしにして春の味を楽しみました。
上からギボウシ コゴミ ノカンゾウ 山ウド イカリソウ
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ギボウシ コゴミ ノカンゾウは湯がいて食しますが癖のない淡白で食べやすい味です。
山ウドは癖があって独特の風味が持ち味で 湯がいてよし 天ぷらとしても絶品です。タラの芽と一緒に食べました。
イカリソウは花が見事だったのでつい載せてしまいました。坂内村の林道で10年ほど前に移植して毎年楽しませてくれます。中国では根っこを精力剤として漢方の一つにあげられています。リゲインというの飲み物がありますが成分として謳ってありますね。この種は冬でも葉が茂っていますから品種としてはトキワイカリソウですね。























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# by zou337 | 2014-04-03 08:23 | ** | Comments(0)

一過性の建築デザイン

中村好文著「住宅巡礼」という薄い本が手元にあったが 何年か棚に積読の状態でいた。
整理していて目に留まり 日の目を見て読むことに・・・・。
この本は 彼の建築行脚・・世界の名だたる建築家による住宅の名作を尋ねてのエッセイ 評論である。

ル・コルビィジエ//フランス語の発音はとても難しいのですが・・・・母のためのスイス湖畔に建つ家「小さな家」
・・・・気負いがなく 温もり感じる優しい住空間

フィリップ・ジョンソン設計「タウンハウス」・・・・瀟洒な都会の中の隠れ家のような空間が魅力的である
アスプルンド「夏の家」・・・・・遠くから風景に馴染みつつも 生活空間が豊かでほっとするような内外観だ

どれも今からでも住んでみたい気にさせる時間の経過、つまりデザイン上の古さを感じない住まいである。
いい家というのは本来こういう家を呼ぶ。てらいが無くあまり主張してないところがいい。


最近の雑誌を賑わせる新進気鋭の建築家と呼ばれる、あるいは呼んでほしい若き建築家達の仕事はこういうデザインは皆無に等しい。どうだといわんばかりの「個性」が主張して 刺激的な住宅のオンパレード。
力作といってふさわしい「作品」でまぶしいばかり。

オブジェのような純白で統一された外観あるいはインテリア 研ぎ澄まされたディテールを駆使した「シンプル」という甘い感覚を求めた住まいのデザイン・・・・・そんな中に人が住むのだから 無菌質 ことごとく日常を遠ざけようとする写真から受ける彼らの「仕事」は意外性が売り物である。
人がやらないことをあえてするのか 新奇性が命であるかごとく・・である。その努力は素晴らしく 悲壮感すら
漂うかのような情熱は 彼らのセンシビリティそのものだ。私には真似もできそうにないシャープな線に美しいと感嘆もする。
そんな最近の家のデザインをみて、
施主さえ納得すれば実はなんでもいいのだと 某設計家も私のクライアントも仰せられるが しかし自分はああいう家はごめんだと次の言葉が発せられる。「住み心地」の良し悪しは バランスだということを知っているからである。ある意味 極端にバランスを欠いた「デザイン」が 話題になる。たとえば 屋根の上にテーブルを置いてパーティーができるというテーマだったり  敷地に余裕があったとしても 閉鎖的で 頭上の開口部だけが家の主な採光手段であったり 開口部を全開すれば家の室内は半戸外として・・・・こういうデザインが
突如 雑誌に現れてびっくりする。
日常的であるはずの「住まい」というのが展示物として雑誌の紙面をにぎわす。雑誌社はこういう話題性を求めるのだから当然といえば当然だ。互いに持ちつ持たれつということかもしれない。
さて こういう類な稀な家が 10年後 20年後 どうなるか ということである。
刹那的にはそれでいいかもしれない しかし所詮は同じような自然の中 日本の四季は今も昔もさほど変わらない。
お金をだして作らせる施主がいいというのだから・・・・・・。他人にとやかく言われる筋合いはないのだ。


建築家というのはなにかと目立ちやがりで せっせと雑誌に投稿したり コンテストに応募に熱心である。
どうぞ自分を褒めてほしいというのと変わらない。
「宣伝」として雑誌に投稿し 世間の目に触れやすい機会を増加する効果は期待できるし それを見て仕事の依頼をされるというのも悪くない。
賞狙いで応募するというのは 知名度を高める手段と有効と思うが 評価されるのはデザインの質 設計過程のプロセスなど 評価の対象は様々ではあるけれどともとして 「褒めてください」的な勘ぐり思考が匂わせる作品も少なくない。プロ写真家を都内から施工経費に何十万も含ませておいて施主に負担させている建築家もいるとも聞いたことがあった。

評価というのは他人が決めるものだから そういう場・機会に応募するのはいい刺激になる。
ただ口コミで広がる評価とかそういう背景で世間から褒められるほうが本物のようにも思える。
なんとか賞を羅列して 箔をつけるための賞ではないだろうに 地方ではそれを鼻にかけて上から目線でものをいう建築家もいる。
「見学したいのであれば・・・・・」と関係者 同業者にメールを送りつけた「建築家」も実在した。

「先生お願いします」と おまかせで仕事を依頼されるのは決して悪い気はしない 仕事もしやすい。
 しかし それに胡坐をかいてしまう輩も実際存在する。
何をまかされているか 全てなら失敗も彼の自己責任で問われることはないかもしれないが 施主というのはなかなか手ごわい わがままである。
お金持ちの施主ほど顕著であって そういうことに気を付けなければならない。虚栄のための家であるならば
自分の思うようなデザインにしたいと思うのは人情である。
しかしそういうことであれば 従順な施工会社に依頼して設計施工で作ればいい。
設計家 建築家 住宅作家に家を設計を頼む背景は デザイン上のことアイデアがほしいこともあれば 単に安全 品質の確保といったこともあげられる。デザイン上のことで家造りというのは とりわけ 個人住宅というのは わがままの裏返しのようなものである。
自分のわがままと設計者とのわがまま 個性といったものが同質であれば幸福て゜ある。
是非ともそういう相性を模索したほうがいい。すべての建築家が善良だとはいえず また有能でもない。
だからこそ面白い。

慎重に 相手のお金を本当に意味ある投資として 設計 デザインしていく努力が必要だ。
一過性の格好いい 目立つ 新奇性・・・・気を付けて一本の線を決めなければならないだろう。

褒めてほしいだけの 写真映りがいいだけの賞狙いのデザインは さていかがなものかと。 
あまり上質な世界に生きているとは言えない・・・・・・・・・・ような気がする。
はっきり言えば はしたない。

建築家というのは 平たく言えば 資本家の僕のようなものだ。また 前衛的か後衛的かと問えば 後者であろう。
建築が 前衛であるはずがなく 時代を切り開いていくそんな力が物にはない。
建築が 人間の道具である以上 人間の思考 欲求の中でこそ 前衛があり 形はそれから生み出される。
「謙虚さ」というのは なかなか難しいものだ。


いろいろ言っても 真実は・・・日本は建築デザインは自由な国 好き放題 自由気ままなデザインを可能にする土壌 社会であることは 若い世代にあらゆるチャンスを与えている。世界でも稀な国ではなかろうか。
それが建築デザインの進化を促しもするし 敗退もする。ハウスメーカーの近年の商品開発の質 デザインの幅を見れば それが顕著に表れている。
我が国の住宅産業は メーカー住宅が主流となり 住まいの質の向上 均一化に大きく貢献している。

こういう社会で 個性的な建築を生み出すには 特異な個性 アイデアを持ち得る一握りの建築家にたよる以外ないだろう。
それが批判があろうが 建てる側に寛容さがあれば 世界に発信するデザインを生み出すパワーが我が国にあると信じたい。
そういう建築家がいてこそ 平凡 普通という住宅という材質や空間 昨日といった底上げも可能となる。
















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# by zou337 | 2014-03-31 22:01 | ** | Comments(0)

幡豆にて

義理の弟夫婦が形原温泉に泊まるということで この日の昼ごはんを一緒に幡豆のホテルで・・・・
義弟夫婦は空港から直行ということで現地集合。
天気もよくドライブ日和ではありましたが 風は強く 戸外で過ごすには辛い日でした。

お目当てのランチを済ませてめいめい入浴する。
浴室の窓からは三河湾の海が広がっており眺めはすこぶる良い。三河の海もなかなかきれいです。
室内のインテリアデザインは30年前あたりの雰囲気そのままでまあこんなものか・・・・と妙に納得。
客が少ないのか二つある浴槽のぬるめのほうは水とお湯が混在しているような・・・・熱めの浴槽は42度程度はある。首までつかって眺める外の景色は対岸の景色である。


レストランからの視界もなかなかのものです。港と幡豆の町が山間に広がっています。


新緑にはまだ少し日数が足らないようで山の緑もまだまだ。竹藪と褐色の山の木々がゆったりとしている様は
三河山地の端部に広がる山々で 海まで続いています
町の家々はほとんどが瓦葺きでぎっしりと平地を埋め尽くしているかのようです。

ボールペン&顔彩
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俯瞰するスケッチは要素が多いので描くのもそこそこ時間がかかる。遠近を出すのにもなかなかである。
構図としては 山の重なりと町のたたずまいがポイントというべきか・・・・。
とかく風景というのは構図で決まることが多い。描いてみようかと思うのはほとんど構図如何である。















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# by zou337 | 2014-03-21 18:22 | スケッチ紀行 | Comments(0)

RC打ち放し外壁の保守管理

平成元年に完成した我がアトリエも25年経過して、コンクリート外壁の打ち放し仕上げも風雨に晒され全体に黒ずんできて 汚れが目立つようになった。

これまで アクアシールという撥水剤を購入して 数回自分で塗布してきたものの 近年は怠けてしまったので特に雨の日にの外観はずぶ濡れの様相で哀れに思えるようになった。

そんな思いから最近 通販で高圧洗浄機なるものを購入した。 塀を手始めに 表面の洗浄にとりかかった。
10mの細い延長ホースが付属しているので まあまあ取り回しには都合がよい。
この程度の長さのホースぐらい標準として付録であってあたりまえだと思うのだが
通販会社はわが社だけとアピールして まんまとそれに食いついてしまった。

水道圧40倍という謳い文句の高圧洗浄水は見事に コンクリート面の打ち放しの本来の質感に近づくもののさすがに 竣工時の時のような灰白の輝く滑らかな打ち放し仕上げというわけにはいかない。
とりわけパラペット付近 庇廻りの風化はざらざらしててなんとかしなければという気にもなる。

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周囲の洗濯物の干してあるか否か 確認しながら なるべく 雨天の日に 雨合羽を着込んで作業する。
二階部分から洗浄するのが真っ当ではあるが 手が届く一階部分からしたので 二階部分を洗浄したとき また一階部分の表面を洗わなければならない。
手持ちの二連アルミハシゴを掛けてはの作業は結構疲れる・・・・。 時々 跳ね返りの飛沫を浴びてしまう。
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他人に頼めば 人工の費用 足場の費用と馬鹿にならない金額となる。自分でせっせと根気よくすればよいだけの話だ。
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みるみるコンクリート表面がきれいになる様は 一種の快感でもある。掃除する喜びはこんなものかもしれない。
しかしながら つくづく思うのは 我が国における建物の設計で 軒を出すということは外壁の保護と防水の面で不可欠ではなかろうかと思う。
我がアトリエはコスト都合で四角い箱としたけれども 軒がない屋根デザインというのはあまり薦められない、できうる限り深い軒か庇を設けたほうが 建物の寿命 維持管理においては好ましい。
少しでも庇的なものがあれば外壁の劣化に対してはかなりの効果がある。下の写真のようにその差が理解できる。
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洗浄後 正面
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北側 背面
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いずれは 二階部分の外壁仕上げを左官仕上げか遮熱塗装かに替えてみたい。
コンクリート打ち放しの上に白い箱を乗せた様な外観になるが それがいいかどうか・・・・思案のしどころである。明るくなるという期待はもてるのは間違いないがデザイン上成功するかどうかは実際のところ少し不安もある。




まずは再度撥水剤を塗布・・・・知り合いの塗装会社の協力を得てさっそく一斗缶を手に入れることができた。
3/22 午前中の二時間で一階部分の躯体をローラーで塗り上げた。勢いで塀も・・・・。
試験的に放水してみれば見事に水滴となって跳ね返してくれる、しばらくこれで雨天の日もカラリとした外観となるに違いない。


















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# by zou337 | 2014-03-20 08:33 | ** | Comments(0)

「マオ」下巻 

下巻は 第二次大戦後つまり日本の敗戦後の中国の話・・・マオの話なんだから当たり前と言えば当たり前のことではあるけれど。

1950年からの出来事と言えば ご承知のように 朝鮮戦争が勃発して南北で何百万という戦死者を出したとか。
この頃になると 原爆の脅威を背景にして 脅しが効くようにもなり 空もジェット戦闘機が飛び交う時代であったのだが 北朝鮮といえば 金日成率いる人民解放軍・・・・興味深いのは 毛沢東はこの戦争を利用してソ連から 中国への武器援助 武器工場の整備といった援助 さらには、 原爆製造のレシピ欲しさで戦争を長引かさせたり 泥沼にさせたりしていて 金日成の意志とは別の思考が働いていたという裏話であった。
金日成にしてみれば ボコボコにされてしまった国土を早期に回復させるには 休戦協定を結びたかったということらしい・・・・・。
読み進めていくと、
林彪やら劉少奇 あのオーバーな握手・・・田中角栄との・・・をしてた周恩来のそれぞれの役割や陰謀 策謀などが非常によく調べられていて興味深い。
マオの代わりに劉少奇が彼に替わっていたのであったなら 中国は全く別の国造りをしたのではなかったろうか・・・。農民を大切にした劉の人間性は マオにとっては害として映ったくらいマオは冷酷であったようだ。

マオのしたたかさと陰険さ 残酷さ そんなのが著者の文面から滲み出ていて そんなマオの人間性の恐ろしさと現代中国が彼の虚像をいかに蓋をして神のように崇めているか 滑稽にも思えてしまう。

拷問 殺戮 処刑 脅迫 ・・・・ありとあらゆるこういう類の言葉が登場してくるということで 隣の国の基盤の薄弱さを思わずにはおれない。


原爆を欲しがるマオの野望が 台湾と対峙して砲撃した事件が朝鮮戦争の休戦後 発生したが この時までマオの野心は消えてなく まんまとソ連から原爆製造の基本設計らしきものをせしめたということだ。
話の受け売りではあるけれど 政治の裏の話はそんなものかと恐ろしくもある。

ところでこの時代 自分がこの世に生まれて 白黒写真で見るしかない当時の世相を思い浮かべて 周辺の世界情勢はそんな真っ只中にあったということをしるとなにかしら不思議な感覚になってしまう。

朝鮮動乱のおかげで 日本は奇跡的な復興をなしとげたと言われるが その頃 わが両親の暮らしぶりはどうであったのか・・・・
ふと我が家族の風景を思い出せば生きることに精いっぱいであったろう・・・・両親の苦労を想う・・・・・・。
ただ 今は亡き父に感謝しなければ・・・・。















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# by zou337 | 2014-03-12 15:06 | ** | Comments(0)

ユン・チアン著「マオ」

mao といってもスケートの真央ちゃん 女優の真央ちゃんでもないもちろん 我が世代のヒーロー ハリマオのマオでもありません。---ハリマオというのはマレー語で虎という意味だそうです。

さて この本の副題として 誰も知らなかった毛沢東 とあります。 
毛という漢字は mao と発音します。
ユン・チアンという著者は女性 中国は四川省生 私より一つお若いようです。この人の著作は 全世界で1000万部の売り上げ・・・とあります。紅衛兵の経験もあると紹介されています。
我が国では「ワイルド スワン」で有名ですね。この著作の後 この毛沢東について調査した記録がこの本ということです。


上・下 二巻 それぞれ2200円と高額ですが アマゾンで古本で手に入れられました。
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----元々この本を知ったのは  10年近く以前のことではありましたが 数日前に読んだ櫻井よしこ氏の「異形の大国 中国」という本の中でその一部が紹介されていたことで にわかに関心が湧きおこり さっそく注文してしまいました。事実ならとんでもない史実だからでした。----

注目すべきは・・・・
日中戦争はスターリンが日本がソ連侵攻の可能性を危惧しての中国共産党/当時上海支局を仕切っていた周恩来がスパイを使い 上海事変--あたかも受刑者に国民党の軍服を着させ 国民党の兵士が空港にいた日本の将校と兵士を殺害したかのように演出させ  蒋介石率いる国民党に日本と戦わせた。
そのことで 日中全面戦争に発展させ 日本軍を中国内陸部に引きずり込ませたという。
日本が北京と天津を制圧はしたものの 日本も蒋介石も 中国全土までの全面戦争までは考えてなかった、 しかし それでは困るのがスターリンや中国共産党であったらしい。

結果 国民党の勢力を弱体化させ そのうえで 毛沢東は内部抗争においても策謀によって主導権を握り 八路軍を率いて中国を掌握し 新しく国を興した・・・・ソ連は日本の降伏後 一気に不可侵条約を破棄して満州 モンゴル方面から 侵入してきた・・・・その後のソ連の行為は周知のとおりです。

にわかに疑わしい話だという人もいますが こうした著者の話が真実味を帯びるというのも 話の筋が合理的で つながっていくということです。 非常に わかりやすい。

マオ自身の人柄についてもいたるところで紹介されていて よくぞここまで調べ上げたものかと驚嘆してしまう。こういう事実があからさまに出てくることは 国内には神話化されたイメージを覆す人が少なくないということがわかる。
政策の失敗で 何千万の農民が餓死したことこともここでは白日に晒されているが 同時に南京事件も30万という犠牲者がいたと一行だけでなんの検証もなく描かれたことはやや物足らない部分もある。

 多少の知識はもっていたつもりでしたが それ以上に驚くことの多い話ばかりです。

 
余談ではあるけれども
上海から一式陸攻爆撃機が重慶方面への空爆に向かうにあたって 護衛にあたったのが 後半ゼロ戦であったという。それまでは 途中で引き返さなければならず 爆撃機は敵機に落とされてしまうことが多かったらしい。
そこで 開発されたのが航続距離の長い護衛機と来たるべき米英との戦いを視野に入れて登場したのが零式戦闘機であった・・・・・・「永遠のゼロ」で書いてあったかどうか

ちなみに「海賊と・・・・・」の中では 主人公が上海空港ですれ違ったパイロットが 「宮部」と名乗り 「永遠のゼロ」での中心人物で 陸攻を護衛してのゼロのパイロットであった・・・・・・




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# by zou337 | 2014-03-01 09:47 | ** | Comments(0)

水彩画と建築デザイン

水彩画・・・あっさりして スケッチには定番の画法である。

風景を眺めるとき 絵になるか スケッチの対象としてなりえるかどうかは 「絵心」を刺激するには大事な動機であり 質感 構図 風情 そんなことを目を通して観察し 味わうのだ。

時間の蓄積によって 素材 形は さまざまな「美しさ」を見出すようになる。

海岸沿いの漁村であれば 板張りの 灰色じみ風雨に耐え忍ぶ変色した外壁が 寄り添うような人家の佇まいが 人の生きている温かさを感じることができる。-------もっとも 近年の人家の外壁は防火構造として無機質なサイディングに替わり 風情も消え失せてしまっていることが多い。------
日本どこに旅しても 同じような質感ばかりで味も素っ気もなくなってしまっている傾向にある。
ただかろうじて 伝統的な家屋 町並保存といったエリアだけがいかにもわざとらしくその風情を残している。


山村の人家も簡素な佇まいとはいえ 人がここに暮らす意志と人の生活感という温もりがじんわりと伝わってくる。
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たとえ偶然だといえ 母屋 納屋 離れなど それぞれが あるべき存在価値を主張し 造形上の構成を整えている。
それを美しいと感じるかどうか 感受性によるかもしれないが。
素朴な質感 形は 控えめであっても なにかしら力強さを感じるのだが 自分の仕事の中でそうした感覚がどこかで作用していると信じたい。
そんな感慨をふっと想ってしまう 冬の朝である。

今日は薄曇り 肌寒い、 木々のすり抜ける風が 微かに落ちないでいるコナラの枯葉を揺らしている。
遠く ヒヨの鳴き声が響きわたり また新しい今日という日が始まる。

水彩画のようなあっさりはしてても なにかしらにこだわり 慈しむ そんな日々の暮らしの中で 建築を想い デザインをしていく それが楽しくもあり 難しくもある。
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実現できなかったが・・・・こうした感覚を動員してのデザインでもあった ようにも思う
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低く抑えた軒先  緩勾配と灰色の横葺の金属板屋根  無垢の格子や木戸  羽目板の塀 リズミカルな
軒裏の化粧垂木 可憐な足元のモザイクタイル いろいろなパーツで建物は形を形成する その全体のバランスで建物の佇まいは視覚を刺激する。 無機質の素材と対する有機質の素材を適宜散らばせる感覚・・・・・・・
それは 水彩画のように軽やかに筆の運びやタッチに似て 楽しいデザイン作法に近い。
根を詰める、夢中になればそれだけ デザインも輝いていく・・・・・・そうありたいと自分を励ます。

実現していれば 終の棲家にふさわしい やさしい佇まいになったはずである。
 
















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# by zou337 | 2014-02-20 07:21 | ** | Comments(0)

衣浦港夕映

碧南から境川の衣浦大橋を渡り、左折すると左手の堤防越にこの景色が川面の向うに臨むことができる。

この景色を目にしたのは 10年前 半田市内の仕事で来たとき・・・・。

朝方、工場は北側の壁が黒くシルエットとなって 切妻の屋根が詩的で美しい。

いつかこの風景をスケッチしてみたいと思いながら 10年の時が流れてしまった。


午前中は逆光で黒いシルエットが 乾いた詩的な景色となる。
夕刻、 工場の壁や屋根が朱く染まり ひときわ映える風景が現れる。手前の岸辺は 川面ばかりでバランスがが悪いので 適当に描き足した・・・。
-------------港が河口になっちゃったかもね
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空が5/2 河口が5/3 の割合の構図構成の中で思考錯誤

水彩 パステル 


















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# by zou337 | 2014-02-12 10:38 | スケッチ紀行 | Comments(0)

東京の休日

夫の出張に乗じて 娘と孫が東京にでかけるというので 月曜の夫の勤務中 娘の都会での買い物の補助として本来 妻が出かけるはずが インフルエンザにかかって ダウンしたのだ。
急遽 自分が上京することになった。たまには都会の空気を存分に・・・という親心のつもりである。
娘夫婦は東京都の絶海の孤島に住んでいるので ある意味逆に息抜きも必要だろう。

いつもの豊橋発8時45分のひかりの自由席は比較的 余裕があってゆったりした気分で乗ることができる。

小田原を過ぎると 車窓の景色は 雪景色となって一昨日積もった雪が 未だに民家の屋根にはりついていて なにかしら北国の雰囲気だった。

新宿で娘の姿とベビーカーに乗った孫の姿を発見したときは素直に嬉しかった。
孫は このおっさん誰? そんな表情をずっと向けて いささか悲しい。正月に 抱いて散歩したではないかと言いたいところだが・・・・・。

歩道に積もった雪は 半端な量ではなく かなり残っており 水浸しの歩道をベビーカーを押して歩く破目になった。
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新宿のど真ん中をまさか ベビーカーを押して娘と歩くなんて夢にも思わなかったが まあそう悪くはない。
知らない他人ばかりの中では 恥ずかしさはなくなってしまう。
しかし 娘と二人 孫を連れて そぞろ歩くという経験は そうあるものではない・・・
これを幸せと言わんでなんと言おうか。罰が当たる。

行き交う通行人は 歳の差が大きい夫婦が 子供を・・・・・そんなふうに見えたかもしれない・・・・・。
娘はそんな危惧があるようで 少し可哀そうな気もした。

 都庁の展望台で娘の夫 婿殿が昼休みに顔だしてくれ しばらく いい時間を過ごさせてもらった。
わざわざ 抜け出してくれて義父に気を使ってくれるだけでもいい婿である。

展望台には中国からの観光客で大賑わい、聞けば 杭州からの団体客だという。

春節に合わせての来日だろう。ここは無料だから 観光コースに含まれているらしい。

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新宿の夜は こんな場所もあってなかなかきれいである。
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# by zou337 | 2014-02-10 23:17 | Comments(0)

薪ストーブ

10代の半ば頃まで 住んでいた生家にはいわゆる土間があり 南北に長い土間の一番奥は 風呂場と炊事場があった。
裸電球の下でよく風呂焚きをしていた記憶が今だに鮮明に残っていて いわば原体験としての自分の中での空間体験の中では 案外大切に温存している。多感?なこの時期 そんな時間 何を思っていたのだろうか・・・成績のことか 未来のことか 定かでない。

それがいつの間にか 生活空間の中に炎を取り入れた夜の時間を楽しむことへのこだわりとなる。「おふくろの味」がいつまでもごちそうであると同じように少年期の「想い出」や記憶というものは その体験そのものが
自分にとっては「ごちそう」違いない。 
こういう感覚は いわゆる五感とは別の感覚といっていい。なんと表現したらいいのか適当な言葉がみつからない。

丸太を輪切りにした「椅子」替わりの素朴な薪割台は事務所の暖炉前に何年か前に材木屋の廃材からいただいたものでずっと「愛用」しているが、さすがに住宅の居間にそんな物をどんとおいていくわけにはいかない。鉄板を曲げて作った特注の「薪置き台」は薪ストーブの横で鎮座していて 乱暴に薪を置いてもびくともしない代物である。

つい最近 薪ストーブの天板の上に更に鉄板を敷いた。厚さ6mmのこの鉄板のおかげで これまで置けなかった鍋や大きなヤカンも置けれるようになり お気に入りである。
近所の鉄工場で3000円で作ってもらった物であるが 見た目は確かにスマートというわけにはいかないけれども 実用本位という点では重宝といえる。

ストーブ本体が高温になれば同時にこの鉄板も それなりに熱くなり 昨日は高原で手に入れたマメを湯がいて コトコト煮込んでみた。
味付けに少し苦労したけれどもなかなかの甘さと食感になった。

言うまでもなく この上で常にお湯をつくっているので食事やコーヒーブレイクの時間 熱湯には事欠かない。

ところで 炎というのは 気体なのか なんだろうか。 メラメラと燃え盛る炎を眺めるとき どんな感覚なんだろうか。
形という視点では 固有の形状があるわけではない、そういうところでは 水や土 しいては風-空気と同じである。
せせらぎや打ち寄せる波を眺めていて飽きるということはないように 真っ赤に燃える炎をじっと見つめていても同じ感覚である。

生活空間の中で 一つや二つ はっきりと五感に感じるこうした「物」「現象」といったものを取り入れることで
より一層の暮らす楽しさを感じることになるのではないか・・・・・・・と加齢とともに大切にしたいと思うこの頃。

人が「幸福」と感じる要素は 人それぞれだろう・・・小さな「幸せ」を増幅させ より大きく「幸福感」を感じるのも人それぞれである。

ちなみに日の出前のこの時間帯 居間の室温は19度。

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# by zou337 | 2014-01-19 06:40 | Comments(0)

八丈島3題

離島でスケッチができる・・・という機会はそうあるものではない。
今回は別の楽しみがあってこの島を訪れることになった。

前もって宅急便で送っておいた画材を宿で受け取り 到着した日はめぼしい観光スポットを
案内してもらい 翌日レンタカーを借りてスケッチポイントを探した。
離島--ひなびた風情の漁村の風景 を期待してたが なかなかスケッチ意欲が湧くような風景は
みつからない。 スケッチの構図としてはなにか心をくすぐる何かがないとその気にならないものだ。



宿泊先から 車で数分下ると 八重根港がある。
昨日 車の中から垣間見た一瞬の風景が気になってここに来てみた。

島の西側なので風が強い、それで港のコンクリートの擁壁を背にして描くことにした。
港には 青ヶ島との定期便と思われるフェリーが停泊していたが この日は運行してなく
点検なのだろうかスタッフが操舵室のガラス越にこちらを見ている。

あのおっさん・・何する気だろうか・・・そんな視線を感じた。怪しげな行動にみえるには間違いない。
私の背中の裏には小さな機械室らしき建物があり ドアが半開きになっていた。
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海岸に沿って歩くと 右手には八丈富士がなだらかな曲線をたずさえている。
雪こそかぶらないが コニーデ型の火山形でありこの名があるのだろう。
手前に人家があるが 島の普通の人家の屋根は明るい灰色の波板で葺かれており
大半は平屋である。周囲に木立があって強い風から守っている。
この島に来たのであれば この山を描かずにはおれない、失礼にあたるだろう・・・
それにしても下からせりあがるこういう単独の山を描くのは難しいものだ。
遠近感を出すのが素人には難問である。4Bの鉛筆だけで下絵を描いているためもあって
ずんべらぼうの山肌の遠近感というのは至極困難であった。
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中之郷という地区から海側に入り組んだ道を下っていくとおっちょ浜の案内板が目にはいる。
乙千代をおっちょと呼ぶらしい。
そのまま急な道を下ると波しぶきの激しい海岸に出た。
八丈小島が遠くに見え 迫力のある風景があった。
風が強いので 車の中で描くことにした。
時折 波しぶきがフロントガラスまで飛んでくる。
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# by zou337 | 2013-11-22 07:43 | スケッチ紀行 | Comments(0)

離島に遊ぶ

初めての八丈島。
また私には初めての羽田空港、八丈島の搭乗口はウイングの最先端 つまり一番端っこであって延々歩かされた。

高度15000フィートは下界を楽しむには一番いい高さ、だが御蔵島付近にさしかかると次第に着陸準備のため下降し始める 短いフライト時間である。

飛び立っておおよそ小一時間、意外に近い離島の別天地であった。


海岸はすべて 溶岩、 黒々した荒々しい海岸である。
石垣も溶岩。
西山-通称八丈富士 と 東山--三原山--なぜか同じ名前の山 があり この間に大賀郷が中心地区 ここに空港がある。

八丈富士の8合目付近から町の中心地区を俯瞰---空港が東西に鎮座して 対面の山は三原山
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夕暮れ時 9合目付近まで登ってみたが
遠くから眺めるよりは 傾斜がきつい

八丈富士と遠く八丈小島
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八重根港  シマアジ カンパチ ムロアジ アオリイカ・・・が釣れる 
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乙千代浜からの景色  風が強く 油断すると波の飛沫をかぶる
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石垣と野草
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末吉温泉 昼時だったので 一人貸切であった。 少し濁りのあるいい湯である。
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内風呂
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大賀郷の隣に位置する大里に島の歴史民俗資料館がある。
木造平屋の建物にこの島の歴史の全貌が展示物とともに表現されていてたいへん興味深く見学した。元は都の支庁とある。

驚くのは 縄文遺跡の存在であり 土器の発掘物は本土のそれとかわりはない。
こんな離島に人がどう渡ってきたのか 元々この島に人類がいたはずもない、どこからか 黒潮を利用したのか横断して渡ってきたことに驚く。

流人の島として有名であるが 罪人がこの島に島流しとしてされたのは17世紀にはいってからでそれ以前は 政治上の事情で大名 僧侶が流されてきた史実を知るとこの島の歴史上の深さを一層学んだような---気がした。

玉石垣
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馬路--古道
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帰り道 飛行機は伊豆七島の東側を飛んだ。
今度は左側の窓際の席・・・・妻の計らいは窓際の確保 なので あの島は御蔵島、あれは三宅島
・・・・伊豆大島も。
午後の陽光を反射して 太平洋は光っていた。
その金色に輝く中を貨物船が往く。
上からみれば停まっているかのようだ。

それが羽田に近づくまで その光る海と往来する船と墨色に浮かぶ島々の美しさに見惚れていた。
カメラに撮ろうかと思いもしたが 自分の目に焼き付けることにした。妻より先に帰ったこの日 こんな好天に恵まれて感謝した。


実に幸せな小一時間の機上の自分であった。白く帽子をかぶった富士を上から見たのも初めてのことである。


八丈島雑感
一周60㌔あまりの島は 意外に大きい。
警察署の建物が 立派でかつ大きい、我が豊川の庁舎と比べれば御殿のようでもある。
人口8000人で平和なこの島には不似合、無駄のように思える。
地区ごとに駐在所があり これも豊川の密度と比べると・・・えっここにも駐在がある といった具合に
遭遇した。かつて罪人の島流しの島だったとはいえ そういう歴史上 その子孫が多くいるというのが
背景にある・・・・というのはとんだ先入観 思い込み 関係ないと思うのだが 島の産業は漁業絡みの
レジャーが観光の柱でしかないと思われた。
それゆえ 公務員の雇用が一方に課題としてあるような気がした。夏のオンシーズンを過ぎれば島は
レンタカーも宿泊施設も閑古鳥に近いのではないかだろうか。
島を走っていると ガソリンスタンドの多さも目につく。何故だか理由は不明。
都の支庁も大変立派であった。裁判所もあれば保健所もそこそこの建物で大きい。
離島であっても豊かな東京都の財政を背景にして恵まれた環境にあるようだ。
黒潮の影響なのか夜間の冷え込みはそれほどでもなく温暖であった。






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# by zou337 | 2013-11-21 23:53 | Comments(0)

清田の家

クライアントの最優先のご希望は この「マンサード屋根」の形でありました。
北海道旅行を幾度かする中で惚れ込んだ「家」の形ということでしょう。
そして玄関は妻側センターということでした。
この屋根の特性による欠点は二階建てとしても三角形の断面の空間が自明のごとく発生することで通常
利用可能なスペースが変則的になってしまうことにあります。
収納に対して こうした背景をなんとか考慮しつつ断面計画をすすめることになりました。

建物は ご主人のご実家周辺に広がるミカン畑の中にあるような そんな大らかなひろびろした環境にあります。そういう意味では この形の家は お似合いです。
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一階のメインスペースは 吹抜けの空間 大きな白い壁と規則正しい木の骨組みがこの広い空間を
特徴づけている。
内装は自然素材でまとめられ 壁は左官塗とタイル張り 杉板である。
床は樺材無垢フローリング と杉の間伐材を利用した厚手の無垢フローリング。
天井は垂木そのまま。一間毎に105角の補強垂木が配置されている。


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この家の贅沢なところはこの大きな空間にある。狭苦しさは微塵も感じられないこの空間を支える
設備は ガス焚き床暖房と薪ストーブ それとエアコン。
夏は風通しがいいのですこぶる涼しい。 床に寝転がってうたた寝する そんな衝動にかられる
居間

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玄関前のスペースに雑木と石--現場で採れた砂岩など で構成した庭
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# by zou337 | 2013-11-04 11:04 | 個人住宅・平成~  | Comments(0)

初恋の道

初恋の道



覚えているかしら放課後の
緩やかな土手の道を歩いたよね
二つの影が嬉しくて
それを見ているだけで私は
小さな胸を焦がしては
  つかの間の幸せ感じてた 


岸辺の家の窓明かりに照らされて
暗くなるまで歩いたね
ゆっくり歩くあなたの足音に
息づかい合わせてみたら
すり抜ける川面の風も
寒くなかった私でした


あなたの揺れる右手に
私の左手が触れたとき
あなたは思わずごめんと言ったわね
私はただ黙ってうなづいた
ほんの些細なことだったけど
あなたの温もり感じてた



川面彩る仕掛け花火の祭りの夜
岸辺の人混みにあなたを
見つけた嬉しさに思わず名前を
呼んでみた、小さな声で思いっきり
だけど 花火の音が大きくて
夜風と一緒に消えたのよ



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# by zou337 | 2013-11-03 17:32 | Comments(0)

私の音羽川 Ⅴ

オカリナ演奏のための作詩・・・・・3週間前 友人からたまたま投げかけられた作詩・・・テーマは「音羽川」という長沢付近から赤坂 御油 国府 為当 御津 と流れる川 をイメージの中で これまで目撃してきたこの川の景色の断片を拾い集め また絞り出して いくつか詩を作ってみました。

当初は 律義っぽい雰囲気で自然の情景を盛り込みながら試みてきましたが いろいろ悪戦苦闘してきて
イメージの中でこの川の意味を流域で人生を積み重ねる人々の心の中で熟成していく想い出としての川として最後に作詩をまとめることになりました。

こういう作業は楽しい時間なのですが たまたまこういう機会をえられたことに感謝しています。脳エクササイズとしても効果的で言葉に苦しむのは毎度のことですが やはり楽しいですね。
ついでに勢い余って 「初恋の道」というテーマで青春の断片的なあの頃の「淡い」異性への思慕の感受性を詩にしたためてみました。ただし、女性としての作詞でした。


 

私の音羽川  Ⅴ          

 
宮地の森の彼方より
流れいずるせせらぎの
音はやさしく里人に
  想い出語り 幾年の
  永遠に時を重ねつつ
   いつも見守る音羽川




夜空に開く大輪の
花火の輝きそのままに
 想い出映す川面にて
  癒しの季節はゆっくりと
   人の生きてる風景を
    黙って見つめる音羽川



 川面吹く風懐かしく
  光る水面に泳ぐ水鳥や
   水辺で揺れる水草に
    遊ぶ生命の尊さを
     感じる心の中に
      いつも在る故郷の風景


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最初の作詞から 紆余曲折してこの歌詞に至る。
情景の掘り出しとそれに似合った言葉探しの思考錯誤の連続。
言葉の旅はいつも苦痛である。失望と絶望の中で疲れ果て
妥協してしまう。






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# by zou337 | 2013-11-02 21:26 | * | Comments(0)

音羽川 Ⅲ 

 私の音羽川  Ⅲ  ----慕情


幼き頃の思い出に
朝の冷えた土手の道 
固い土の上を歩くより
枯れた草を踏んで歩いたよ
霜柱をバリバリ踏んずけて



晴れた日曜日の河川敷
お決まりのゴザで花見して
桜の花びらがはらはらと
おかずにひとひら舞い降りた 
ふざけて一緒に食べたっけ



ふと立ち止まった橋の上
カワセミ見つけて指さした
ほんのわずかな沈黙で
あなたの人差し指が
なぜかまぶしく見えました



仕掛け花火の祭りの人混みに
あなたの姿を見つけたよ
浴衣姿の小粋な君に 思わず
ハートが焦がされた 今も
祭りの日には探してしまう私なの・・    







三度目は上流とかそういうのは止めました。
地名も意識するのもを止めてみました。

















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# by zou337 | 2013-11-01 09:55 | 作詩の記録 | Comments(0)

「私の音羽川  Ⅱ ・・・・

    私の音羽川  Ⅱ --


曲がりくねった山間/やまあい の
道をたどれば思い出す
幼馴染みと遊んだね
田んぼや小川の水溜り
姉さんに連れられて
蛍の光を追いかけた



囃子太鼓と笛の音が
宮路の森に染みわたる
橋から覗いた水の中
小鮒の群れやはやの群れ
ヨツデかついで飛んでった
そんな想い出はセピア色



桜堤の木陰の下で
みんなで食べたおにぎりは
母さん一緒に握ったよね
私が11の歳でした
温んだ川で きらきらと
晴れた日曜の河川敷



仕掛け花火がぱちぱちと
川面にゆらゆら反射して
むこうの岸辺の人混みに
あなたを見つけて嬉しくて
待ちわびた休みの昼下がり
川のプールではしゃいだね



ススキ揺れる土手の道
いつか歩いた遠足で
アサリを背負って重かった
釣糸垂らした船溜まり
水面/みなも に想い出つながって
笑顔も涙も流れ往く









記憶の断片を拾い集め 作詩するのもまた楽し。
人それぞれの川の思い出は 今はただ想い出のかなたに
沈みゆく。










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# by zou337 | 2013-10-31 07:34 | 作詩の記録 | Comments(0)

「私の音羽川」 Ⅰ・・・・

「私の音羽川」                          
               
                           


緑深き山の大地から      
出ずる滴のせせらぎは
慈しみの清い一筋の      
宿場の町をすり抜けて
きらりの里からさらさらと
モズの鳴き声こだました


早苗映える山里で
あの日のあなたの
ショートヘアーの黒髪に            
舞い散る花のいとしさよ
桜並木の御油の堤にて
ほんのり甘い香りした


あなたと歩く堤にて
川面流れる風もしっとりと
二人を包んだ昼下がり             
淵にカワセミ見つけたよ
白い人差し指がまぶしくて
山車のお囃子 風の中


音羽の流れはいつまでも
清く恵み豊かな流れにて
あなたの想い出積み重ね             
稲穂に彼岸花 午後の散歩道
今日も明日もこの流れ
御津の海へ想いはせる 
             
    






中学校の幹事会の宴席で 音羽川をテーマにした歌詞を
募集しているので どうか・・・・
そんなわけで ・・・・・・・・・・。










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# by zou337 | 2013-10-29 21:35 | 作詩の記録 | Comments(0)

お気に入りの・・・

木曽方面にドライブに出かけたのは2週間前・・・・道の駅で一本試しに買った甘酒 
ブドウ糖の甘さが特徴・・・つまり砂糖は不使用

冷やして飲用して  滋養強壮に良い

後日 通販で買って お疲れ気味の友人や御仁に おすそ分けした。
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# by zou337 | 2013-10-21 10:58 | Comments(0)

体育の日の・・・サプライズ

昨年の五月に何かのきっかけで  詩を作った。

たぶん 暇だったから・・・・。自分への応援歌・・・

その詩をブログで見つけた友人のH氏が曲をつけた。

夏のある日 家に遊びに来て ピアノを弾きながら曲を披露した。




その詩を今日のシャンソンの歌の集いの席で歌いたい・・・と連絡である

そんなことで会場である市の文化会館まで出かけてみた。

彼はゲストという立場であったので
一部のステージの最後を飾るらしい。

そして作詩者の名前をさりげなく披露した後、

大勢の観客の前で その詩を見事に歌いあげた。

素直に嬉しくもあり  また照れくさい。


曲がつくと下手な詩も少しはマシになるような錯覚を覚える。。

彼の作曲が詩に力を与えてくれた・・・・数分間の幸せの時間  

体育の日のプレゼント   ありがとう

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# by zou337 | 2013-10-14 15:14 | Comments(0)