車が家電になる日

自転車のライトの点灯はタイヤの回転に伴って発電するなんというのかな・・・・ああいう方式で走りながら発電して蓄電する、これを動力源として更に走り続けられる ・・・これは単に蓄電池の能力の問題なのか。

ガソリンが要らない、走ってないときは余剰電力を リーフがやっているように夜間は家の電源に利用すれば 車自体が発電所となるわけで新規に発電所を建設する必要もなくなる。走って蓄電するという技術が安定 定着すればこういう生活も可能となる。持家の家庭でなくても なんとも興味深い話じゃないか。

車はいずれ家電となっていくだろうと思われるが 走ることでエネルギーを蓄積する技術が普通になってほしい。

飛行機がこの間 日本のあるメーカーの蓄電池の原因なのか異常に発熱して緊急着陸をした事故が発生したが あのような蓄電池を車に積載しても車の安定した走りは無理なのだろうか。
一人用か二人用のコンパクトカーなら実現の見通しはそう遠くない。


ソニーやパナが車のメーカーになる日が・・・・・・あれば楽しい。あっシャープも・・・(^_^;)
パナの幹部の一人が米国でポロッとそんな冗談を言ってほのめかしていう話をネットかなにかで知った。
案外極秘の話をいったのではないか。

省エネの最たるものは・・・・
同じように車のタンクに水を入れて 水素と酸素に分離させ 水素を燃やして走る車もできないものだろうか。水さえあればどこにでも走っていけれる。公害の心配もないし。水ならどこでもただで手に入る。そのためには
何トンもの水を積むことになるのであれば・・・無理かなぁ(^_^;)


ガソリンが不要な車が普及させるということは 経済の構造を根幹から崩してしまい 混乱を招く結果になるのだろうか。むかし 蒲郡で無限エネルギーエンジンの開発で資金を・・・・という投資の話を耳にしたけれどモーターの最初の回転のみで回転始めれば 無限に回転するという・・・あやしげな話ではあったが。

何倍の高額な天然ガスを輸入し続けている我が国が 政府として是正をあまりはからないというのも長期の契約で高いガスを輸入契約している商社への配慮なのだろうか。契約違反ということでさらに高額な違約金を外国から請求される・・・・ということ???


複雑なことはわからないけれども 最近話題になっている近海に眠る天然資源の開発に対してもこれまで日本があまりその開発研究に不熱心だったということもそんな背景があるとなにかできいたことがある。

ガソリン価格やガスの価格に左右される社会から解放されるのは何年先の未来なのか。
地球上での地下資源をいつまでも利用される時代はそう長くない。

太陽とか海の干満とか 風とか 空気とか水とか日常空間の普通にあるものでエネルギーを確保できる未来が待ち遠しい。



それまで長生きして そんな未来社会に生きてみたい  ・・・・ 好きな車で飛ばしてみたい




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# by zou337 | 2013-03-23 09:29 | Comments(0)

水温む


 豊川の流れもいつになく穏やかで 岸辺の草も乾いた葉をさわさわと風に揺れていた。

私はこういうどうてことのない風景が好きである。

流れる水の音 頬をなで通り過ぎていく風の微かな感触 護岸の乾いた雑草の波 頭上にゆっくり綿雲が移動していく様を・・・聞いて 見て 感じている、 こんな時間を土手に横たわって味わうのが気持ちいい。

 数分のうたた寝もなぜか長く感じて新鮮な生きるパワーを充電できそうな・・・・・・。

顔を風上に向け・・・一息ゆっくり呼吸をする 筆の運びもどこか軽やかになる


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# by zou337 | 2013-03-17 11:57 | スケッチ紀行 | Comments(0)

詩の時間

いくつか詩を書いた

地名や自然の情景を思い描くなら

現地の 野山や街を歩きながら

海や山の端を眺めては

いろいろ思い描くことができるだろう

でも 心象の中に描く風景は

心の中にこそ 思い描いて 宇宙は広がる

光も闇も 人の悲しみも 生きるも苦しみも

それこそ日々の喜びも 心の中で熟成させて

ことばが発酵するかのように

絞り出すかのように

気持ちを集中させる

その時間が大切に思う

稚拙であろうが なんだろうが

この時間が僕にとっては

詩を書いているこのひとときが

今の自分には尊い時間でもある。

日頃軽いタッチで人と話はするけれど

でも自分は結構シャイなんだと

いいたいわけではない






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# by zou337 | 2013-03-01 18:45 | 作詩の記録 | Comments(0)

君ゆえに


君ゆえに 忘れえぬ

その美しき横顔を

遠い過去の追憶と

霞む春の陽炎に酔う



君ゆえに 戯れる

艶やかなる輝きと

過ぎ去りし青春の

闇に漂う記憶の断片



君ゆえに 虚ろなまなざしに

迷える乙女の悲しさを

記憶の窓辺に佇みて

とわの彼方に想いは消えぬ 



君ゆえに 君ゆえに

忘るなかれ 追憶の

天に召されて華となり

白き花弁は恋の誘惑か

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# by zou337 | 2013-02-28 22:46 | 作詩の記録 | Comments(0)

爺があやす孫への子守唄

子守唄はきらいでない・・・聞いた記憶があるわけないけどなにゆえか憧れる



ねんねこ 〇ちゃん ねんねこね 

ほらほらむずむずおねむかな

〇ちゃん泣けばこまるんじゃ

ジイはどうすりゃいいのかな



くりくりま〇ちゃん ねんねしな

かわいいお目目はだれのもの

ママかなパパかなどっちかな

そろそろおねむのじかんだよ


ぐずくり〇ちゃん ねんねしな

ちっちゃなおててをにぎにぎね

おねむのおねむの〇ちゃんは

じいちゃんにだかれておねむだね




遠く逢えない孫を想いつつ・・・(^'^) こんな歌あやして寝かせたい













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# by zou337 | 2013-02-14 20:00 | 作詩の記録 | Comments(0)

忘れない



もう逢えなくともいつも一緒だね

素敵な あなたのあの頃の

笑顔を想いだす



星空のどこかで眠るあなたのこと

探してみたよ いつも忘れない

あなたとの想い出


山の稜線で呼んでみたよ思い切り

天に向かってあなたの名前を

何度も呼んでみた


海辺の砂浜で風に身をまかせ

遠い水平線に呼びかけた

あなたの名前を叫んだよ



頬を濡らした涙はもうないよね

泣くのはよそう、元気をだして

あの笑顔をもう一度


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突然失った人のことをときどき思い出しては
生きていたころの姿 笑顔 ささやかな日常を
懐かしんでしまう
たとえこの世から姿を消えたとしても
やはり自分の心の中にいつもどこかに
生きていると気が付く。
涙が枯れ果てるほど泣いたとしても
そんな生きている友の面影を抱きながら
笑顔で一緒に生きているんだと・・・・。
そう思いたい。


父が亡くなってから10年 死んだその年 ぼくは独り 南アルプスの
三伏峠から烏帽子岳の頂を越え 赤石への縦走路を歩いた。
稜線を歩きながら 空にむかって大声で叫んだ。
少しでも高いところからと思って父に声が届かないかと子供のように
泣いた。

近所の父の竹馬の友であった人が亡くなった時 その夫人はぼくにあるとき
「海岸に立って夫の名前を呼んでみた 一杯涙を流したのよ」と話してくれたことがある。
夫と過ごした苦難の人生 楽しかった思い出などきっと彼女の心を覆い尽くしたに違いない。

人にはそれぞれの悲しみがあり 忘れられない大切な人がいて思い出がある。
いつも心に抱いてときどき思い出しては 懐かしみ 時に涙を流す。
流した数だけ 想いだす だからいつもそばにいる。






悲しさ あふれる涙にその感情を薄らぐことができたらどんなに楽になれるだろうか・・・・。

涙のあとは笑顔で再び前をみて歩きはじめるのです。
















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# by zou337 | 2013-02-13 23:15 | 作詩の記録 | Comments(0)

生まれ出ずる悩み

有島武郎著作のこのタイトルの本を手にしたのは 10代の後半・・・・・なんか近頃 懐古的になった。

いやたまたま思い出しただけ。

東北だったか 地方で漁民をして生計を立ててはいたけれども 画家へのあこがれがふっきれず

ある時作者の家に自作の絵を持ってきて 自分の絵はどうなのか・・・・と問う そんな出だしであったか・・・

暗い世相の中で 苦難の暮らしの中で描き続けた 男性の人生・・・・

・・・その一節

「君よ! 今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り広げて吸い込んでいる。春が来るのだ。君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし‥‥僕はただそう心から祈る

作家の文体に惚れるということはときどきあるものだ。



さて 人の悩みと言えば数知れず 誰でも悩みの一つや二つは抱えている。

仕事のこと 肉体的なこと  経済的なこと  精神的なこと ・・・・・・・・・・・・・・・・生きていく以上 キリが無い

生きるということは 苦しむことである・・・こういう軽い言い方すると顰蹙ものだけど。


行き交う人の顔を見て この人の奥にどんな悩みがあるのか、というような失礼なことは考えないが

誰しもがなにがしかの問題を抱えていると思うだけで 自分の悩みが 少しは軽くなるような安堵感がある。

悩みというのは 不幸の一つと考えれば 不幸の質もいろいろだろうから それを顔に出さず 

日々営々と暮らす また生きなければならない 人間の宿命 生きている以上 不幸を背負うことで

生きる糧の喜びを分かち合えることもある。



水鳥が水面を涼しい顔して移動する様を よく人になぞらえられる。

水鳥のあのポーカーフェイスの何気ない水上の表情とは裏腹に 足は必死に水の中で 搔いている様は 人の生活と似ているからだ。
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ただ 口にしたところでどうにもなるわけではない。

ただひたすらに 世間という水を相手に ひっしこいて もがく悲しきかな 人の業。

それでも水面にきらきらと輝く 反射光を希望と信じて 夢を失わず 今日という一日を生きるしかない。


FACE BOOKの「いいね」が なんとも虚しく感じるのはぼくだけかしら・・・・誰かにそう言ってほしい

そんな現代人の寂寥感  そんな人の弱さの裏返しのような気がする。

いじわるなことを言ってはいけない・・ ささやかな日常の心模様の画像 小さな嬉しさ 感動・・分かち合いた

い 英語の世界では なんていうのだろうか・・・「good」 ?



そういう こんなblogも同じようなものだ、誰かに自分を知ってほしい・・・・・(^_^;)

悩みを誰かにわかってほしい こんなことあった・・・・ 人に話してすうっと落ち着くこともある

自分で書きながら気持ち 想いをまとめられる 整理する こんなところかも。

活字に置き換えて・・・これも心の弱さに違いない、強い心というのはただ黙々生きること。

悩みもあるが 多くは心の奥底にしまいこむ、話したところでどうしようもない。


懐が寒いよ ・・・と打ち明けても これだけは 笑われる ホントでも信じてくれない (-.-) 。

せめて「笑い」が少しは暖をとるエコな方法だが そういう努力を知る人は少ないのが悲しき哉。


仕方ないから アヒルの足さばきのようにがんばるだけ。






 
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# by zou337 | 2013-02-07 05:35 | Comments(0)

時にはこの歌を

やっぱり古いかなぁ・・・・

この歌・・・・・「岬めぐり」 「夢をあきらめないで」 



「岬めぐり」は山本コータローが熱唱した、この歌が失恋の歌としったのは最近・・といっても去年である。

せつなさをパワーにして再出発したい・・・・そんな若者の心情にこちらもなにかさわやかな元気をもらう・・・・


「夢をあきらめないで」はさらに古いかな、 岡本孝子の美しくやさしい声となんとなく甘い雰囲気

が好きで ときどき 聴いたり歌ったりする。
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 卒業し、自分から遠ざかる心に住む彼への応援歌。 それは自分に対するけじめの歌詞とも

 リズミカルな旋律につい口ずさんでしまうこともある。

歌詞の内容と自分の状況からすると違和感を感じないわけではないが、 いやまだまだ 俺だってと励まされ

未来を考え直してしまう歌でもある。



この時代の歌というのは なぜか胸というか心にある鐘を細やかに打ちならすような響き魅力があって他にも

いい歌が散見している。



事務所のコンクリートの箱は中の音は外には聞こえにくい、昼下がり 夕暮れ時 

 少し ボリュームをあげても安全のようだ、よく響いて具合がいい。 作曲家の友人からいただいた

大きなスピーカーから 流れる音は疲れた自分へのご褒美である。

一日のわずかな時間 音にまみれて 過ごすひと時はまた 悩み事から解放される時間でもある。
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# by zou337 | 2013-02-06 20:07 | Comments(0)

薪の調達 穂の国森づくりの会

日曜日 待ち合わせ場所の豊橋市内の郊外でY氏は待ってくださり、 作業場所へと林道を少し走る。

彼はジムで知り合った 穂の国森づくりの会のメンバーの一人であって 定年後のボランティアで参加しておられるそうだ。



しばらくは舗装した林道ではあったが すぐダートの道となる。

本日は 椎茸の菌をうつための榾木づくりで コナラの伐採とわかる。

メンバーは手慣れた動きで 一通りの山仕事道具を自前で持ってきて 要領よく 伐採に取り組んでいく。

手慣れたもので  彼らの動きに無駄がなく 山仕事はベテランの域のようだ・・・・。

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樫 山桜が大半  林道沿いに山桜が捏ねてあったが チェーンソーの切れ味が悪化して十分に確保するのに
支障をきたしてしまった
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この日は朝から冷たい 昨晩の雪がほんのり積もっていた。 毛糸の帽子と性能のいいジャケットは必需品
だった。

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# by zou337 | 2013-01-27 20:55 | Comments(0)

庭のイメージ

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私のイメージ   入口付近にキンシバイの黄色の花がお出迎え 庭の真ん中付近はシャリンバイの白い花 
のかたまりで足元を飾ります。
既存の木立の隙間は常緑の低木で埋め 前の家との境を柔らかく仕切るようにしています。
画の真ん中の株立の木はハウチハカエデでポイントにしています。



















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# by zou337 | 2012-12-02 13:38 | Comments(0)

外構と庭の設計で・・・

昨年 リフォームをされたお客さんからご自宅周辺の外柵 庭園の整備のお話が秋に入って持ち上がり、さっそく構想にとりかかることになりました。リーズナブルにかつ確かな質感で素材とデザインを考えるのは楽しい仕事です。
耐用年数とか できたときの感じとか 勿論コストや見栄えとか・・・・・そんないろいろなことをあれこれ考えるときは時間が経つのも忘れます。ビジネスというより人生を楽しませていただける機会を一つ増やしてくれたということかもしれません。もっとも私たちの仕事そのものはそういう物を創る 考えるという意味でなにがしか生きがいと重なり ひとつひとつの仕事に固有の楽しさがあります。
庭園のデザインにおいては 建築と異なり また違った外部空間のイメージをしてどうまとめていくのか また性格の違った創造性があり 「形」の世界の建築とはまったく異なるものでしょう。多少の趣味の延長でできるような仕事ではないので 造園家の手に委ねることになりますが それでも知識の範囲で 根締めの種類 低木類 葉の形や変化 花の色 開花時期とか・・・・・。想いは頭の中を駆け巡り 庭つくりに参加しています。

今回は、数年前仕事で知り合った浜北のある造園業者のところまで一人でかけて木の下見をしてまいりました。浜北も新東名の完成のおかげで便利になり インターから短い時間でアクセスできます。


ハウチワカエデの株立ち・・・関東から仕入れられるとか  豊橋の大きなガーデニンクのお店に卸すこともあるようです
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これは自宅の紅葉したハウチワカエデです
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コストで難しいのは 造園の完成度をどの程度でまとめ上げるのかということなのですが 数年後の木の成長も考慮して植えこむことが一般的な配慮とは思いますが 作庭完了時は少し物足りなさの印象は逃れません。それを当初より昔からあったような庭に仕立て上げる造園家もいますがそれなりの工夫と共に費用もかかってしまいます。
完成度を高めるためには 下草をきちんと植えこむことになりますが 個数が増大してコスト高になってしまいがちでこういう処理はなるべく少なくしたいとは思っても被地植物はある程度必要で いつも悩みの種ともなっています。 造園の構成で、植物だけで造園を造るのも単調になりやすいので造園家の中には 好んで自然石を使いたがる業者さんもいますが 石の配置とか種類を間違うと下品になってしまうこともあり 扱いと処理 見せ方には特別な配慮が必要と思われます。
それでも庭のアクセントして石という素材は質感を引き締める目的として有効的ですから 嫌みのない自然な採用が好きです。水の質感も魅力的ですが 扱いは石以上にセンスが求められます。

今回は和風のお住まいではありますが あまり和風的なしつらえは避けたいというお客さんのご要望なので少し変わった種類の低木を中心に探してみましたが かといって派手な変わった洋木を使うのもさけたいところ。 なかなか難しいのです。・・・・と言ってしまってはいけないのですが・・・・。洋風庭園といえばイングリッシュガーデンをすぐ思い起こしますが この手の庭は極端に世話がかかりますからスルー。やはり自然の雑木林のようで四季折々の変化がみられる構成がよさそうだと思います。既存の樹木15年前に実は私が参加して植えた木々があり これらを利用しながら構成しなおすことにします。
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近くに浜北営農緑花木センターというJAが主催している店がありました。西尾の憩いの農園と同種です。
この日はみかんと柿が豊富でしたので少しお土産に買ってみました。柿は豊川のJAでも売ってはいますが
浜北のほうが 大きさがそろっているところや色具合は 正に柿右衛門が愛した色でおいしそうに思えます。
柿の肌が゛全体に綺麗で色の付き具合も安定しています。もっとも二等品10個そこそこ袋に入って500円なのでまあまあの値段設定といえます。特徴は種無しということでしょうか。
本音としてはなっている木からもぎとって食べる柿が最高です。新鮮さもありますが少年時代の木に登って好き放題食べてた思い出が蘇ります。
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# by zou337 | 2012-12-01 20:33 | Comments(0)

庭先で晩秋

事務所の前の通りは ケヤキ並木でオレンジ色に輝いてなかなかと思うけれど 電線のために定期的に枝を切ってしまうものだから欅らしい樹形が形成できない。歩道の落ち葉は風の具合で自宅の敷地の凹部に舞い込んで始末に少々手間がかかるのであまり嬉しくない代物だが 自分が好きで庭に植えた雑木の落ち葉は風情があると感じるのだからつくづく勝手な感覚だと思う。
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今年は 例年より少し紅葉が早いのかな・・・と思うくらい 庭の雑木が日に日に変化して冷たい雨後の朝に朝日が射しこむ時間帯はこの時期の楽しみのひとつ。

左上から 順に 右へ ブルーベリー ドウダンつつじ コナラの大きな葉 イロハモミジ 
コブシの見上げ   ヒメシャラ ハウチワカエデ 
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デジカメ撮影加工無しの生の色である。

総じて赤い色が多い。
あと少し経てば落ち葉だらけの庭になって木の姿も殺風景になると思うと 春の新緑が待ち遠しいといえばせっかちだと笑われるだろうか・・・・(^_^;) 
個人的には新緑が好きなんだよね。普通に・・・・・。
見た目にもすがすがしく 勢いがあるという意味で・・・。黄昏の世代というにはまだ先の話と思うが そういう気持ちがどこかにあるかもしれない。。。。。。。益々春が待ち遠しい。!(^^)!
ここはごくろうさまと感謝の気持ちでながめることが正しいかな。

























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# by zou337 | 2012-11-28 15:46 | Comments(0)

東京にて

娘の家探しに協力するようになり それが一段落した。しばらくして物件を2軒を実際に見てほしいという連絡があった。そのうちの一軒は自分が勧めた物件だったこともあって上京することになった。

そんなことで am8:45発 豊橋--新横浜ノンストップ便の「ひかり」に乗ってみました。・・・。700系の車両に乗るのは久しぶりでいつも日本の技術の高さに満足してなんとなく嬉しい気分になります。東京も近くなりました。一時間半足らずで摩天楼の世界ですね。(^'^) 車中試しに持参したカーナビで速さを測定してみました。・・・・新宿の街中では使い物になりませんでした。最高速度は266㌔/hと記録されました。画像は静岡由比付近を走行中の計測画面です
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富士山もくっきり・・・左側の座席に座れば富士山が眺められます。見れればなんとなく得した気分。ケチなんでしょうか・・・・こういうこと思うのは。おまけを期待するということです!!
しかし雪がない富士山は富士山らしくないと思うのは私だけでしょうか。だから得した気分にはほど遠し・・。 
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久しぶりの東京、大都会の歩行の辛さに閉口してしまった自分の足であったが 駅の構内やデパートの溢れる人混みは田舎者の自分には障害物のようなものですり抜けて歩くだけでストレスとなる。視界に入る無数の群衆を認識するだけで疲労感が増していくかのようだった。田舎町の人混みの一過性に対して日常そのものが雑多で時間が濃縮され視界に入る物は刺激そのもののこの都会は田舎の空気にどっぷりつかっている自分にはいささか過酷であった。それでも「楽しさ」は歩いて見つけなければ得られないもの でないと折角の「都会」で過ごす時間が無駄になるというものだ。・・・・・・後から気が付いたことですが足の疲労はシューズの選択にも原因があると気が付きました。底の薄いスニーカーよりアウトドア用の靴のほうが足にはいいように思えました。

門前仲町---富岡八幡宮 月に3回開催されるという骨董市 楽市楽座
馴染みのファンは陳列準備の前から物色し 親しく会話を交わし 探り合いの会話をもしつつ
楽しげでした。外国人もちらほら。中国人の男性二人連れは日中関係の悪化のため言葉少な目でなにかしら警戒感が漂ってもいました。方やブロンズヘアーの品のよい女性は目が合うと笑みを浮かべて暗黙の会話をしてくれた。
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蕎麦猪口 金120000円のも。真剣の重さはと問えば1㌔ 残念持たせてくれませんでした。骨董主人曰く
「売り物なので・・・美術館ではないので」?  よくわからない理由でした。まあ買う気はないから。
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骨董市で遭遇したナイスガイ---東北の野良着ファッション  外国人には好評のようです
外国旅行すると必ずどこで買ったかと聞かれるとか。古着を扱っている骨董商のおばさんが彼はアパレルの会社を立ち上げていると教えてくれた。この世界では有名人のようでした。個性的で自由な感覚を身にまとうことの楽しさが伝わってきてうらやましさを感じました。オンリーワンのファッション です。
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深川不動堂---お守りを買いました---- 桐箱入りです。さて何の(^'^)  お賽銭も100円
手を合わせて何願う・・・・・一攫千金成就!!!(^^)! 世界平和 日中正常化 景気回復 夫婦円満 家内安全 無病息災 交通安全・・・・・・・欲張りね 100円ぽっちでは足りませんか 神様?
景気が悪いのですよ 日本は、・・・・いえ 私の懐の話です。
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普通にミーハーして押上駅まで出かけてみました。見上げるしかないスカイツリーは足元デザインもしっかりしていて川も整備されて遊歩道もありました。この日は天気もよく30階まで上がることができる「そらまちビル」からは遠く真っ赤に輝く東京タワーが健気に見えました。レストランの階へは無料で上がれ 一角に展望スペースがありました。スカイツリーに上がってみたいとは思いましたがどこから行くのかわからず 聞くのもなんだし面倒のほうが勝ってあきらめました。
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鉄骨ディテール 設計にどれほどのアイデアと時間をようしたのだろうか・・・・すごいですね
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「そらまち」だけがにぎわっていて周辺は暗く閑散としています。このタワーでの開発も面としてではなくもう少し広がりがないと地元には恩恵が薄いと思いました。せめて線で結ばれるような「にぎわい」が生み出されば
下町の雰囲気も活性化するでしょうに・・・。

新宿西口駅前の秋空縞縞の雲が珍しく多くの人が空を撮っていました。
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池袋駅前の小さな気遣い---ベンチ機能をもった陶器ブロック
ベンチがない駅付近ではありがたい。
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井之頭公園で緑化祭りを開催してました--作曲家の友人の案内で
彼はテレビドラマ「教師びんびん・・・」シリーズや「金妻」シリーズなどの多くのドラマを手掛けてきた中学校
時代の友人で料理 園芸 裁縫 スポーツ・・・となにを手掛けてもある一定のレベルまで腕をあげるスーパーマンです。
彼に連れられて自宅から吉祥寺井之頭公園に出かけてみました。
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樹木の子供が手が届かない高さに電池仕掛けで音の奏でる不思議な物
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よくテレビで観る公園の風景
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帰りの日 ついでにミーハー----東京駅丸の内で 人混みに交じって見学 
「ここの工事費どうやって工面したかしってますか」--と隣で見物していたおじさん
「うまいこと考えますね でも廻りのビルが高くなって 駅舎の向こうにあんなふうにビルが見えるのもね」
と不満気味のおじさんでした・・・・
丸の内は平日の午後でも大賑わい
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現代摩天楼と大正の煉瓦積み建築 その対比がまた楽しいと思いたい 
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いつもは車で移動している自分ではありますが 東京にいて気が付いたことがありました。

街中に  ゴミ入れがない 駅にも当然ない あの地下鉄サリン事件から街中から不審物の異常なまでの
警戒感 日本中がテロへのストレスでピリピリしてた時期がきっかけになった・・・・
それで 自動販売機で買った飲料水のペットボトルも捨てるところがなく 結果豊川の自宅まで持ち帰った。
土曜日まで東京フォーラムで開催されていた国際通貨基金 (IMF) 大会でイタリアの参加者だったか冗談まじりでローマまで持ち帰らないといけないのねと言ってたのが笑いを誘っていた。

公園以外に ベンチが見当たらない 駅の中に本当に欲しかった・・・・ないからスターバックスかドトールかそんな安いコーヒー店を探して座る以外ありません。探すのにまた一苦労 あっても店内は一杯でまた次の店を探す・・・・小田急沿線の新百合ヶ丘駅前のビルでも数軒探しました。疲労困憊です。

東京は元々沼地 谷の多いところ・・・太田道灌から家康が開発して現代に至り 様変わりしても東京は起伏の多い都会ゆえ 階段 坂の多いので東京に生きる人は足が丈夫と聞きます。
関東平野・・・・平野の定義は どうなっているのだろうか 高低差±〇m以内とか・・・

調べてみました・・・・日本国内では河川による沖積台地がほとんど 標高差という数値は見当たりませんが
標高100m以下という定義はあるみたいです。
詳しい話題は 
http://arc.uub.jp/arc224.html#12638 で。なかなか興味深いです。

中国大陸の上海付近  北京 天津の平野は空から見ると正に平野です。


**帰り道 新幹線は当然 新横浜--豊橋までノンストップの「ひかり」。隣の席に座った紳士は岐阜からの人。雑談しながら思わぬ情報をえました。
ジパング倶楽部」という手帳を紹介してくれました。男性65歳になれば会員になれるとか。特典はJR利用の交通費が3割引きとなるのだそうです。ちなみに女性なら60歳というのが条件です。団塊の世代に旅行してほしいというJRの計らいというより・・・作戦なんでしょうね。でもいずれ利用しない手はないでしょう。

新宿駅前ではとバスが待機してました。摩天楼巡りと車体に書いてありました。で・・このブログの記事も摩天楼ということばを使うことにしました。





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# by zou337 | 2012-10-15 21:52 | カメラ片手に | Comments(0)

私的日中友好

尖閣で日中はこれまでになく険悪な雰囲気になってしまっていますね。さて今後どうなるのでしょうか・・・
日韓も心配ですが・・・・。領土問題って本気になるとやっかいなんですね。だからこれまで大人の対応ってやらで済ませてきたことが裏目になってしまったんでしょうか。大陸の国はずっとこれで異民族と戦ってきた歴史がありますから彼らの血は常に対峙してかまえているといってもいいかもしれません。
日本人は島国 悪く言えばお人よしの国民性 過去は水に流して・・というのが美学の一つとしてあるけれど大陸のあちらの人々はそうはたやすくない。仕掛けた側とされた側の感覚の差は大きいしいつまでもこの関係は消えることはないから・・・やっかいですね。子々孫々まで語り継がれるわけですから。日韓関係も構図は
同じようなものだから日本人はずっとこの歴史を背負っていかなければならないのでしょうか・・・。
中国の場合は 領土問題に面子も絡んできているからそう簡単に仲直りというわけにもいかないかもしれません。この事件で日本の経済的な損害はかなりのものになってしまったようです。観光での損失はこれからも続くに違いありません。国と国との関係は複雑で時間もかかりますが 個人と個人との交友は維持したいものです。

2005年に初めて中国に足を踏み入れてから中国語をかじり始め ネットで知り合えた友達がずいぶん増えた、中国に旅したときにお世話にもなったし 教わったことも多々ありました。知り合えた人は 元医師 元人民解放軍兵士 個人タクシー 大学教授 旅行会社社員やツアーガイド 中国残留孤児 IТエンジニア 貿易会社幹部  総経理/社長のこと 学生と様々ですが 思考回路 気配りというところでずれというのも若干も経験ありますが 一人ひとりの付き合いでは 優しさ 親切 冗談感覚 そう変わるものではありません。きちんと向き合うということが互いの理解を深めるということだと思います。あ、うんの関係では氷はとけないでしょう。島国と大陸の人の感覚の差ってあります。

ところで そんな友達から・・・・物をもらっているからといって友好していると言いたいわけではありませんよ。

西安の友達から---と名の有る西安の書家の作品とか留学生として来日した折にお土産にいただいた

--松の上に月が上り それが石のくぼんだ泉に映っている・・・・そんなような情景を表現した漢詩 
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これは南通市から来日した留学生からのお土産です
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成都の友達から送ってくれた「松茸」
友達は日本人が食べる松茸をしらなかったらしく 私が中国に干し松茸がありますか 生の松茸は個人では検疫があるから送れない だからもし干し松茸というのがあるのなら 手に入れたいという願いに対して 成都で「松茸」の名前のついた商品を探して旅行で来日したおり 持参してくれ 東京から送ってくれました。
それは日本ではアガリスクと呼ばれる抗ガン治療として効果があるとして売られているキノコでした。
私の希望に沿うように努力してくれた友達に感謝した。とてもうれしく思いました。
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・・・実際にマツタケの干した商品はあるのだそうです。ただ中国ではマイナーなのか一部の高級レストランでしか料理として出てないようです。


成都のIТエンジニアの友人がが初めてトヨタに出張してきた折 御嶽山麓の温泉に招待しました。帰りに妻籠に立ち寄りました。別の日に自宅に招いたところ 同僚を連れてきてくれました。感想は日本の家はどこでも座れるからいいというコメントでした。中国では土足が基本なんでしょうか。下足入れというのがないのでしょう。
彼は帰国後 替わりに来日した友人が小さんからの土産だといって「姫松茸」とか四川省の惣菜のような食べ物を持ってきてくれました。

左の趙さんは英語も堪能 右が小さん 成都在住 彼はキリスト信者で今回のデモを批判してました。彼らの多くは生活に不満のもっている人だと。信仰を持っている人は平和を祈っているとも。------
我が家にて
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福建省福州の友人 高さんから送ってきた印鑑と三国志-赤壁の戦いを記した漢文 1200*770
英語堪能 最近までオーストラリアに留学してた 元医師の友人から届いた物です。 
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今日 彼とMSNで話をしました。共産党一党への批判 日本への理解を国民に深める努力の必要性 日本人がかつての好戦的な民族でないことを知ることも大事であり これからも友として付き合うことの大切さと
中国が大人としての対応を大国としても学ぶべきだとも話をしてくれました。かつて日本の知識人は中国を師と仰いできたことが近年政権の変動で国民性がかわってしまったという嘆きはあるけれどもいずれゆっくりかもしれないが中国は多くの人民の幸福のため政治体制も徐々に変わることになると思うとのべさせていただいた。彼の日本人の友人の一人として意見をまっすぐに発言することがそのまま彼に伝わる。偉そうな言い方と思われますが一個人として率直なことばで気持ちを言い表すことがいいと思います。


謝謝你,說了 這麼多 中國知識份子和日本知識份子 想說的話。 ・・・・彼からの礼のコメント


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# by zou337 | 2012-10-02 09:18 | Comments(0)

夏の午後の感傷

窓硝子の向こうで

幾重もの葉が風に揺れ

夏の光に 輝いている

そんな夏の午後の風情が

なぜか黄昏な気分にさせる


昼下がり 油蝉の鳴き声が

耳にざわ付きまとう

朝から鳴いていた熊蝉は

暑さの熱気に沈黙だ

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微かな扇風機の羽根音に

わずかながらの湿度を

肌に感じているこの時間。

家の部屋で 独り留守番のとき


思考停止したかのように。

ことばの羅列の虚しさと

独りでいる時間への愛着とが

自分を交互に支配する。



コンクリートの壁が西陽に焼かれ

乾いた灰色がまぶしい

薄汚れた壁に視線を向ければ

完成した頃の無邪気な思い出が

その黒ずみの中に

滲み出ているかのようだ


壁の上に夏空が広がり

白い大きな雲が動かない

夏の晴れた午後の憂鬱は

乾いた自分の感傷である

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# by zou337 | 2012-08-12 15:49 | 作詩の記録 | Comments(0)

夏野菜を描く----君を待つ時間

妻がプラントボックスでパプリカの苗を植えて どうにかそれらしくなったので一個収穫しました。
かわいい南瓜は 偶然スーパーで合った幼稚園の理事長さんが自家菜園からもぎ取ってくれました。
せっかくだから 久しぶりにスケッチして残しておくことにしました。
野菜や果物を描くのも楽しいね・・。 筆遊び程度の・・・・。

スキャナーで取り込んで 少し圧縮して 額装すれば・・・・少しはましに見えるかな


「下手の横好き」 「自画自賛」 を地でいってます
2012年   5号  水彩
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むかーーし かぼちゃを描いたきり 野菜を描いたのは20年以上前 久しぶりの野菜はかぼちゃとパプリカ
ミョウガとナスである。
それぞれの肌の質感が難しい・・・南瓜は艶がない  パプリカとナスはそれぞれの光沢があり ミョウガは
わけわからない・・・・わずかな色違いを見つけてかぼちゃと分けた。
色の感じ いかにもという質感を出すのが難しい・・・・・・・・・・・・。


妻がいつものウオーキングに出かけている小一時間の充実した一人だけの時間もまたいいものだ。




















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# by zou337 | 2012-08-09 21:30 | スケッチ紀行 | Comments(0)

半田の老舗酒造から

杉板の羽目板と漆喰  街並みの質感

半田は古い街並みが残る 歴史ある町である。古い町には酒造がつきもの 半田も例外でなく 大規模な木造建築が大切に今でも現役で利用されていて街並みの中でひときわ目立つ存在だ。

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この手の木造建築は 杉の羽目板と漆喰塗 屋根は当然日本瓦葺きというのが定番である。

新建材華やかりしこの時代 古いこういう仕様が派手にも贅沢にも見えてしまう。羽目板の黒の塗装はタールだろうか。蒲郡市内にまだわずかに残るガラ紡工場らしき工場も大方こういう杉の羽目板にタールである。艶がないのでそうではないかもしれない・・・・・・・・。

つい最近まで黒の外壁それもガルバリウム鋼板張りが流行ってたがこの金属的な薄物の質感よりは柔らかさがあっていいと思うが 防火上、維持管理上の問題からたやすく採用するのも難しくなっている。自然素材がなんでもいいというわけでもなく それ相応の欠点もある。

ただ時間とともに味わい深く 別の美しさ--情緒--を街並みに提供してくれる。戸建てのニュータウンの中を走ると雰囲気は明るいけれど なにかもの足らない、どうもワザとらしいというかある一種の息苦しさを感じてしまう、商業的既製商品の延長としての外壁材とそのパターン模様の連続・・・・・・・。

一様なアルミフェンスが敷地を区切り、玄関先にはワンパターンの同じような植樹。門扉やポスト・・・・・。カーポート。

古い街並みや下町の路地が落ち着いた雰囲気があるのは、古えからの時間の蓄積とともに、人の温もりと生活感漂う暮らしのパーツがそれとなく馴染んでいる風情があるからだ。


外部に使われる素材は過去においては限られた自然素材でしかなく、それに対して現代は建材も社会の変化に応じて多様化した。人はそれを楽しむことができるようになった。

しかし、その多様化するなかでなにか肌に合わないなにかを感じるのはなぜなのだろうか・・・。ある一種の画一的な佇まいは日常空間をすら商品化してしまう空気が漂い、乾燥した人間関係を露わにしているかにも見える-------・。

向こう三軒両隣り---かつての日常空間も今は人息れが気になる現代の生活・・・・・・適度な距離感って難しい。外壁のサイディングのような厚みと質感に似た人感覚が主流となって久しい、テレビのコマーシャルで威風にも満ちた表情で見上げる家の外壁に杉板や漆喰の壁はない・・・・・。

西欧の石やレンガ タイルで覆われた町や村の風景を見るたびに 日本の街並みとの厚さの違いに日本の住宅産業の繁栄、その光と影を見る想いが重なってしまう。
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# by zou337 | 2012-08-06 10:00 | Comments(0)

枇杷

2012年7月

裏のおじさんから枇杷をいただいた。
初めてのことである。






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# by zou337 | 2012-07-27 11:44 | スケッチ紀行 | Comments(0)

東三河の住み心地

三河湾
50年前の三河湾はタツノオトシゴがいた。幼少年期 親戚の船でアサリ採りにでかけたときはいい遊び相手で干潮の浅瀬で楽しんでいた記憶がある。少年期の頃は 川沿いに堤防を歩いての遠足は 遠浅の三河湾の沿岸で潮干狩りをすることだった。結婚して子供がまだ小さい頃 田原の白谷の海岸にでかけて海水浴とハマグリを探して遊ぶことができた。しかし 三河湾沿岸も次第に工場立地をもくろんで県は高度成長の波に乗り この沿岸部を埋め立てが行われ そうした豊かな自然も破壊されてしまった。しかし それでも豊川下流域の埋め立てから逃れた干潟ではいまでもアサリが湧いており 県内のアサリの稚貝のほとんどはここで採取されている。----近年 豊川上流部でダム建設が持ち上がっているが この完成とともに川からの良質な砂や栄養分が流れてこなければ この干潟も衰弱する懸念がある---
沿岸の護岸では カサゴ アイナメ メバル チンタといった小物狙いの釣りが楽しめ、元気さえあれば伊良湖港から 乗合船でタイ マダカ釣りのような大物釣りまで楽しむことだって可能だ。田原沿岸では養殖海苔も健在である。余談ではあるけれども、毎年 生海苔をいただくのもこのエリアの海苔である。海苔の養殖に適した海水と海流がここにある。かつて叔父が北海道や中国まで海苔養殖の指導にでかけたが 水温などの原因でうまくいかなかったと聞く。海苔というのは水温 海流の速さという条件が整わないと繁殖しないらしい。

三河高原・奥三河

春ともなれば 車で一時間も走れば毎年山菜採りが楽しむことができる。
本宮山の北側は作手高原は県内では唯一の泥炭層からなる湿原、夏の 避暑地として好適。中央部は、平均標高550m、周囲を600~700m級の山々に囲まれ た隆起準平原で、南北に帯状に伸びている。夏季低温多雨というのも珍しい高原。
それゆえ心地よい風に吹かれて自転車愛好家やバイクツーリングのファンで休日は道の駅はにぎやかだ。鳳来山山域は石灰岩質で特異な岩はロッククライミング練習場として全国的に有名なところ。さらに足を延ばせば 東栄町 豊根村と奥三河は花祭りの社がいくつもあり 正月ともなれば独特の掛け声で夜中響き渡る神域のようなところだ。花祭りは さらに長野県天竜川周辺の山村へと繋がり この一帯がかつてなんらかの共通の文化的領域だったことを匂わせている。千と千尋の神隠しも天竜川支流遠山郷下栗の里からのインスピレーションに貢献していると聞く。
古来 秋葉街道に派生した文化とも言えなくもない。

渥美半島
豊橋から伸びる渥美半島は不毛の半島だったのが 豊川用水の整備と共に豊かな農作物の産地となり 広大な農地には温室栽培が盛んで夜ともなれば 煌々と電照によって輝く温室群が美しい。
突端の岬めぐりのバスが走る・・と歌いたくなる伊良湖岬は詩情あふれ恋路が浜の太平洋に広がる砂地にはウミガメの故郷でもある。

近隣界隈
私の住むこの家の前の道路 は 豊川の表参道・・・・私が勝手に呼んでいる・・・並みの欅並木が20年前から育成されて立派になり、・・ 都会的とは言えないまでも カラオケ屋 コンビニ 安売り衣料店 喫茶店 弁当や 学習塾 理美容院、 半径300m以内ともなれば 各種クリニック ディーラー 和洋韓レストラン 居酒屋も揃い、今年暮れには近在に市民病院が移転完成してくるという賑わいだ。地名からして蔵子という地名は響きもいい・・・・!!! 
大都会・東京のような煩雑な界隈も洒落た店舗も建物も少ないけれども どうにか都会的な要素は次第に整ってきている・・・と思いたい。 もっとも「都会的」という評価は こういう店舗が多く増えてからといって言えるわけではないが・・・
野菜の産直市もあちこちにある・・・夫婦でおでかけ・・・といえば グリーンセンターってことになりかねない・・・・のだが。

こうして見渡せば、この東三河 この今の住んでいるところが最高なのかもしれない。物価も東京--大阪間では 谷間とも言われるくらい安いそうだ、 豊川の自衛隊駐屯地に着任した他県からのお人もここに住みつく率が多いと聞いた・・・・。私の水泳の師匠もその一人なのだ。 住んでいてもあたりまえのことは気が付きにくく 改めてこの地域の住みよさのあれこれを知ることも多々ある。


日常に戻り・・・・
さて 、今日は さわやかな青空が広がり 昼前に水泳のノルマをこなした後 近くのスーパーで 既製品の塩麹300g 買ってみた、298円だから 米麹1㌔1000円を買うより安上がりだ。しかし、自分ですることに意義があると考え直して 昨晩注文した伊勢の「みやこうじ」という麹の到着を待つことにしよう。 
塩麹のブームが下火になりつつもあるが 万能調味料であることにかわりはない、漬物作りと肉料理にもこれからも欠かせない。
昨晩 テレビの番組で ガストのカレーの中身を知って 愕然・・チェーン店であれだけの研究していることにいい刺激になった。。。。。

家と住むことへの関心は もう日々の味に なったようである。

おいしく食べることは おいしく暮らす ことにつながっている ・・・・・・・



***

高原に住む  → 都会に住む → 東三河に住む と綴ってまいりましたが 結局は 現在住んでいるこの場所が住みやすい という 「落ち」 ということであります。


住めば 都」ということばがありますが 慣れ親しんだ土地は 捨てがたく いいところは当たり前のようにありがたさには気が付きにくいものでございます。 逆に 無い 不便なことは気になりやすく 不平不満の一つにもなりやすいのでしょう。
人も同じこと。。。相手のいいところよりも欠点のほうが目についたりしやすいのでしょう。いいところを探して いい所とつきあえばもっと幸せな関係が保てるかもしれません。人と自然 人と人 よくも悪くも関係は同じことなのでしょうね。。。。 






















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# by zou337 | 2012-07-09 09:39 | Comments(0)

雨の日曜日は残り物ランチでお留守番

 妻は友達と夜までお出かけです。 昼前にいつものフイットネスで水泳。いつものノルマの1000m ほとんど貸切状態・・・でした。
午後は外は雨ですので家でのんびりお留守番です。

独り言いってても・・・・・・ お腹は満たされませんね・・

遅い昼ごはんは冷蔵庫の野菜室に先週作手で買ってきた山ウドとエシャレットとスナックエンドウが残っていました。エシャレットとエンドウは2袋買って一袋ずつ残ってしまい・・・・・・それで室の底に忘れ去られたように沈んでおりました。
山ウドは、ちょっとおそい収穫だったのか繊維が口に残って不評だったのでいままで見向きもされないでいたのですが どれももったいないので買ってきた責任をとるつもりで 昼ごはんのおかずにしてしまおう・・・と気まぐれ決心して・・・。


エンドウとエシャッレットは普通にマヨネーズとわさび添え・・で一品。
山ウドはいつもより時間をかけて湯がいて 一部をドレッシング掛けて・・・一品 
そして 同じく残りの山ウドは中華仕立てのオイスターソースを絡めて炒めたもの・・・一品。
塩麹漬け手羽先2本----唐辛子とクミンで味付けしやや焦がして・・・一品
玉ねぎ ナス シイタケ・・塩胡椒で味付けのあと白ワイン蒸フライパンに蓋をして・・・一品
これで5品 できました。

水物は・・・・弱いアルコール飲料です。

裏庭から青紫蘇を摘んできて千切りとみじん切に分けて それぞれに添えてみました。

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料理というにはほど遠いなれど この曇り日の午後一人時間をむさぼるのもまた楽し。
ただ胃袋が笑い膨らむも 物理的に過ぎず ただ節約した工夫のあれこれが心を満たして
窓越しの雨に打たれる木々の様を眺めつつ しばしの幸福を味わう・・・・・・・・・・・。
休日の午後のひととき また 尊しなり。
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我一人飯を食らいてつぶやくは 時の流れの儚き夢を

これでいいこれでいいんだと食べながら 手抜き料理にニンマリ笑う




















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# by zou337 | 2012-07-01 15:06 | Comments(0)