生まれ出ずる悩み

有島武郎著作のこのタイトルの本を手にしたのは 10代の後半・・・・・なんか近頃 懐古的になった。

いやたまたま思い出しただけ。

東北だったか 地方で漁民をして生計を立ててはいたけれども 画家へのあこがれがふっきれず

ある時作者の家に自作の絵を持ってきて 自分の絵はどうなのか・・・・と問う そんな出だしであったか・・・

暗い世相の中で 苦難の暮らしの中で描き続けた 男性の人生・・・・

・・・その一節

「君よ! 今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り広げて吸い込んでいる。春が来るのだ。君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし‥‥僕はただそう心から祈る

作家の文体に惚れるということはときどきあるものだ。



さて 人の悩みと言えば数知れず 誰でも悩みの一つや二つは抱えている。

仕事のこと 肉体的なこと  経済的なこと  精神的なこと ・・・・・・・・・・・・・・・・生きていく以上 キリが無い

生きるということは 苦しむことである・・・こういう軽い言い方すると顰蹙ものだけど。


行き交う人の顔を見て この人の奥にどんな悩みがあるのか、というような失礼なことは考えないが

誰しもがなにがしかの問題を抱えていると思うだけで 自分の悩みが 少しは軽くなるような安堵感がある。

悩みというのは 不幸の一つと考えれば 不幸の質もいろいろだろうから それを顔に出さず 

日々営々と暮らす また生きなければならない 人間の宿命 生きている以上 不幸を背負うことで

生きる糧の喜びを分かち合えることもある。



水鳥が水面を涼しい顔して移動する様を よく人になぞらえられる。

水鳥のあのポーカーフェイスの何気ない水上の表情とは裏腹に 足は必死に水の中で 搔いている様は 人の生活と似ているからだ。
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ただ 口にしたところでどうにもなるわけではない。

ただひたすらに 世間という水を相手に ひっしこいて もがく悲しきかな 人の業。

それでも水面にきらきらと輝く 反射光を希望と信じて 夢を失わず 今日という一日を生きるしかない。


FACE BOOKの「いいね」が なんとも虚しく感じるのはぼくだけかしら・・・・誰かにそう言ってほしい

そんな現代人の寂寥感  そんな人の弱さの裏返しのような気がする。

いじわるなことを言ってはいけない・・ ささやかな日常の心模様の画像 小さな嬉しさ 感動・・分かち合いた

い 英語の世界では なんていうのだろうか・・・「good」 ?



そういう こんなblogも同じようなものだ、誰かに自分を知ってほしい・・・・・(^_^;)

悩みを誰かにわかってほしい こんなことあった・・・・ 人に話してすうっと落ち着くこともある

自分で書きながら気持ち 想いをまとめられる 整理する こんなところかも。

活字に置き換えて・・・これも心の弱さに違いない、強い心というのはただ黙々生きること。

悩みもあるが 多くは心の奥底にしまいこむ、話したところでどうしようもない。


懐が寒いよ ・・・と打ち明けても これだけは 笑われる ホントでも信じてくれない (-.-) 。

せめて「笑い」が少しは暖をとるエコな方法だが そういう努力を知る人は少ないのが悲しき哉。


仕方ないから アヒルの足さばきのようにがんばるだけ。






 
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by zou337 | 2013-02-07 05:35 | Comments(0)
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