カテゴリ:未分類( 40 )

東京の休日

夫の出張に乗じて 娘と孫が東京にでかけるというので 月曜の夫の勤務中 娘の都会での買い物の補助として本来 妻が出かけるはずが インフルエンザにかかって ダウンしたのだ。
急遽 自分が上京することになった。たまには都会の空気を存分に・・・という親心のつもりである。
娘夫婦は東京都の絶海の孤島に住んでいるので ある意味逆に息抜きも必要だろう。

いつもの豊橋発8時45分のひかりの自由席は比較的 余裕があってゆったりした気分で乗ることができる。

小田原を過ぎると 車窓の景色は 雪景色となって一昨日積もった雪が 未だに民家の屋根にはりついていて なにかしら北国の雰囲気だった。

新宿で娘の姿とベビーカーに乗った孫の姿を発見したときは素直に嬉しかった。
孫は このおっさん誰? そんな表情をずっと向けて いささか悲しい。正月に 抱いて散歩したではないかと言いたいところだが・・・・・。

歩道に積もった雪は 半端な量ではなく かなり残っており 水浸しの歩道をベビーカーを押して歩く破目になった。
e0275537_7365569.jpg

新宿のど真ん中をまさか ベビーカーを押して娘と歩くなんて夢にも思わなかったが まあそう悪くはない。
知らない他人ばかりの中では 恥ずかしさはなくなってしまう。
しかし 娘と二人 孫を連れて そぞろ歩くという経験は そうあるものではない・・・
これを幸せと言わんでなんと言おうか。罰が当たる。

行き交う通行人は 歳の差が大きい夫婦が 子供を・・・・・そんなふうに見えたかもしれない・・・・・。
娘はそんな危惧があるようで 少し可哀そうな気もした。

 都庁の展望台で娘の夫 婿殿が昼休みに顔だしてくれ しばらく いい時間を過ごさせてもらった。
わざわざ 抜け出してくれて義父に気を使ってくれるだけでもいい婿である。

展望台には中国からの観光客で大賑わい、聞けば 杭州からの団体客だという。

春節に合わせての来日だろう。ここは無料だから 観光コースに含まれているらしい。

e0275537_736225.jpg


新宿の夜は こんな場所もあってなかなかきれいである。
e0275537_7375786.jpg

[PR]
by zou337 | 2014-02-10 23:17 | Comments(0)

離島に遊ぶ

初めての八丈島。
また私には初めての羽田空港、八丈島の搭乗口はウイングの最先端 つまり一番端っこであって延々歩かされた。

高度15000フィートは下界を楽しむには一番いい高さ、だが御蔵島付近にさしかかると次第に着陸準備のため下降し始める 短いフライト時間である。

飛び立っておおよそ小一時間、意外に近い離島の別天地であった。


海岸はすべて 溶岩、 黒々した荒々しい海岸である。
石垣も溶岩。
西山-通称八丈富士 と 東山--三原山--なぜか同じ名前の山 があり この間に大賀郷が中心地区 ここに空港がある。

八丈富士の8合目付近から町の中心地区を俯瞰---空港が東西に鎮座して 対面の山は三原山
e0275537_12232651.jpg

夕暮れ時 9合目付近まで登ってみたが
遠くから眺めるよりは 傾斜がきつい

八丈富士と遠く八丈小島
e0275537_23454479.jpg

八重根港  シマアジ カンパチ ムロアジ アオリイカ・・・が釣れる 
e0275537_23461618.jpg

乙千代浜からの景色  風が強く 油断すると波の飛沫をかぶる
e0275537_23474020.jpg

石垣と野草
e0275537_88642.jpg

末吉温泉 昼時だったので 一人貸切であった。 少し濁りのあるいい湯である。
e0275537_2348173.jpg

内風呂
e0275537_1842466.jpg


大賀郷の隣に位置する大里に島の歴史民俗資料館がある。
木造平屋の建物にこの島の歴史の全貌が展示物とともに表現されていてたいへん興味深く見学した。元は都の支庁とある。

驚くのは 縄文遺跡の存在であり 土器の発掘物は本土のそれとかわりはない。
こんな離島に人がどう渡ってきたのか 元々この島に人類がいたはずもない、どこからか 黒潮を利用したのか横断して渡ってきたことに驚く。

流人の島として有名であるが 罪人がこの島に島流しとしてされたのは17世紀にはいってからでそれ以前は 政治上の事情で大名 僧侶が流されてきた史実を知るとこの島の歴史上の深さを一層学んだような---気がした。

玉石垣
e0275537_10294430.jpg

馬路--古道
e0275537_10301270.jpg



帰り道 飛行機は伊豆七島の東側を飛んだ。
今度は左側の窓際の席・・・・妻の計らいは窓際の確保 なので あの島は御蔵島、あれは三宅島
・・・・伊豆大島も。
午後の陽光を反射して 太平洋は光っていた。
その金色に輝く中を貨物船が往く。
上からみれば停まっているかのようだ。

それが羽田に近づくまで その光る海と往来する船と墨色に浮かぶ島々の美しさに見惚れていた。
カメラに撮ろうかと思いもしたが 自分の目に焼き付けることにした。妻より先に帰ったこの日 こんな好天に恵まれて感謝した。


実に幸せな小一時間の機上の自分であった。白く帽子をかぶった富士を上から見たのも初めてのことである。


八丈島雑感
一周60㌔あまりの島は 意外に大きい。
警察署の建物が 立派でかつ大きい、我が豊川の庁舎と比べれば御殿のようでもある。
人口8000人で平和なこの島には不似合、無駄のように思える。
地区ごとに駐在所があり これも豊川の密度と比べると・・・えっここにも駐在がある といった具合に
遭遇した。かつて罪人の島流しの島だったとはいえ そういう歴史上 その子孫が多くいるというのが
背景にある・・・・というのはとんだ先入観 思い込み 関係ないと思うのだが 島の産業は漁業絡みの
レジャーが観光の柱でしかないと思われた。
それゆえ 公務員の雇用が一方に課題としてあるような気がした。夏のオンシーズンを過ぎれば島は
レンタカーも宿泊施設も閑古鳥に近いのではないかだろうか。
島を走っていると ガソリンスタンドの多さも目につく。何故だか理由は不明。
都の支庁も大変立派であった。裁判所もあれば保健所もそこそこの建物で大きい。
離島であっても豊かな東京都の財政を背景にして恵まれた環境にあるようだ。
黒潮の影響なのか夜間の冷え込みはそれほどでもなく温暖であった。






.
[PR]
by zou337 | 2013-11-21 23:53 | Comments(0)

初恋の道

初恋の道



覚えているかしら放課後の
緩やかな土手の道を歩いたよね
二つの影が嬉しくて
それを見ているだけで私は
小さな胸を焦がしては
  つかの間の幸せ感じてた 


岸辺の家の窓明かりに照らされて
暗くなるまで歩いたね
ゆっくり歩くあなたの足音に
息づかい合わせてみたら
すり抜ける川面の風も
寒くなかった私でした


あなたの揺れる右手に
私の左手が触れたとき
あなたは思わずごめんと言ったわね
私はただ黙ってうなづいた
ほんの些細なことだったけど
あなたの温もり感じてた



川面彩る仕掛け花火の祭りの夜
岸辺の人混みにあなたを
見つけた嬉しさに思わず名前を
呼んでみた、小さな声で思いっきり
だけど 花火の音が大きくて
夜風と一緒に消えたのよ



.
[PR]
by zou337 | 2013-11-03 17:32 | Comments(0)

国語力 読解力  筆心

最近 A4用紙10数枚に及ぶ文章を書き綴る機会を得た。

元々文章を書く 作文することが好きである。
いつも仕事と同じで早朝に夢中になる。 朝の時間帯のほうが 集中できるというのが
若かりし頃からの自分の習性だ。
ブログの文章も 根を詰めてしまって ときどき長くなって知人から 長いよとコメントをいただく。

作文をするということは 自分の心に向き合って 励ましたり 戒めたり なにかに愚痴ったり
嬉しいことも 辛いことも 感激したこともいろいろ。
筆心・・とでもいうのだろうか。


日頃 作文をしてないと ことばをも忘れることもあるし 自分を見つめ直す機会がなくなる。
「耕す」ことで 元気になったり 気持ちが落ち着いたり 明日の光を次第に取り戻すことだってある。
大地を耕せば 石ころもあれば 過去のゴミも見つけてしまう 
でも 忘れていた感謝も蘇ることもある。 


苦しいことに遭遇しても それでもその闇の向こうに一筋の望みを捨てないでいる。

そんな努力が心を掘り起こすことで 力を取り戻す。


単なる言葉や単語で先入観や思い込みをしないように 全体の文脈の中で 作者 筆者の心の響きを感じ取りたい。
言葉や文章の先にあるもの 底流に流れる筆者の「個性」を探る。


言葉には 幅もあれば深さもある。 それをどう理解 感じるかは個人差だろう。

最近 人と話していて 「国語力」ということにとても気になる。
自分も含めて 会話や作文 言葉の世界では 相手とのキャッチボールで相手の真意を知る
正しく 理解する 誤解をして不幸な淵に迷い込まないように・・・・・。
電話での何気ないやりとり・・・打合せでのやり取り  国語力は表現力と密接な関係にある。


心を鍛えること 慰めたり 励ます 日頃の暮らしの中で 鍛練する。

それが自分の今の仕事になにかしら 反映している。
家を考える 設計することは 個人的な 「小説」を書き綴るようなものだ。
ドラマがあって 筋道があって・・・。
 廻りとの対話 施主との対話 自分の心との自問自答 いろいろな対話があって「形」になる。

時代の軽薄な流行に流されず 自分の心に忠実な「形」を模索する。
ごちゃごちゃした事情があったとしても すっきりとした形に整理して施主にお届けする。
ちょうど水面を泳ぐ水鳥のように すましているけれど 水面下では一生懸命なんだ。

これが自分のスタイル。

でも みんな そうなんだろうな
一生懸命さは人それぞれなんだし・・・・・・・・・・。
心機一転
毎日が心機一転  昨日から今日 時間は繋がっている
毎朝 エネルギーを心に注入して一日が始まる

好きなことばのひとつである。











.
[PR]
by zou337 | 2013-10-02 04:05 | Comments(0)

Tさんちのgarden 完了

最後の下草の植え込みが終わり 既存のキンモクセイの剪定もついでに。。。。。

これで一応の完了であります。

木立の水やりはバールかなにかで穴をあけて丁寧にしないと土の内部まで浸透しません。

不足気味であれば 木は自己防衛で葉を落とします。

今回は ヤマモモが上半分ばっさりと葉を落としてしまいました。

よほど丁寧に水やりをしないとだめなのかもしれません。
e0275537_20551692.jpg


e0275537_10584855.jpg

e0275537_11111629.jpg

e0275537_20412468.jpg

e0275537_20564929.jpg

e0275537_20414843.jpg


昨年の秋から ご夫人の愚痴や夢やら・・・なにかと雑談を重ねてようやく形となりました。
建物も庭も それぞれのテーマがあり 課題もあり 夢があります。

わいわい あーだこーだと言いつつ いろいろ模索しては 形になります。
これからは維持管理が課題となりますが
ベースの形として完成しましたが 今後の木々や下草の成長とともに毎年 景観がかわっていく様は
毎年のささやかな楽しみとなるではないかと思います。





さて これから 当家の北側の塀を兼ねた倉庫の工事にかかります。
これも何枚か図面を描き 何度もその度ごとに 工務店に見積もりしていただき・・・・・・ました。
見積もりの手間暇のほうがこの工事から得られる利益の何倍もかかっているのではないかと思います。

つきあってくださったМ建設のО氏と関連の業者様に感謝です。












.
[PR]
by zou337 | 2013-05-08 15:07 | Comments(0)

端午の節句

四月の24日に孫が生まれ 初めての節句・・・・・は目の前である。
昨日 婿の実家の家族が初めて我が家に訪れて孫と対面。

婿にひ孫の節句のお祝いに・・・と 掛け軸を婿の祖母からのプレゼントを持参され、 これを婿の住まいに飾るようにとのご希望ではあったが 婿はこの春から八丈島に赴任しており この島の湿気が掛け軸にはよくないということで しばらく 本土に戻るまで我が家で預かることになった。
そんなことで我が家の玄関の正面に飾ることにした。
e0275537_10284052.jpg

e0275537_10285866.jpg
 
こういう形のお祝いは初めて目にして興味深い。




赤子の手はモミジのような・・・とたとえがあるように まさにその通りである。
それに こんなに小さな指にもちゃんと爪があり・・・人間を縮小したそのままの姿に 新鮮な感動をしてしまう。
かつて自分の娘も同じであったはずなのだが こうして眺めていると改めて女性というのはすごいなと思ってしまう。そして誰しも 最初はこんなに・・・・小さくかわいい時期があったのだと・・・・・(^'^)
e0275537_103317.jpg


ことある度に「かわいい」を何回 つい発してしまったことか・・・・(^'^)
まだ笑うということはないけれども それらしき表情に一瞬なると  もう「ああ 笑った」と・・・・・・(^'^)
そういう自分を笑ってしまう。


無事 産まれてご先祖様に感謝した。
守ってくれてありがとうございましたと・・・・。









.
[PR]
by zou337 | 2013-05-04 10:34 | Comments(0)

秘蔵っ子の山ウドとギボウシ

裏庭の隅っこにチェーンソーの切りくずの山を株の上に被せてあった山ウドが この最近の陽気と雨でニョキニョキと背が伸びて めでたく収穫のタイミングとなる。

毎年 大きな幹をたわわに茂らせる敷地内でも特別に?温存していた一株である。
何本か その中から切り出した。
これだけ 太陽の光があたらない部分がある物はさっと湯がいてサラダにすると格別の風味を味わえます。
酢味噌と一緒に食べてもなかなか野趣があって食べられます。採りたてを渓流で洗って食べた渓流釣りの想い出が蘇ります。

スーパーで見かけるウドは 洞窟や地下の穴のようなところで つまりまったく日の当たらないところで栽培していますから 幹が白くまた柔らかいですね。
風味は野生のほうがダントツに勝りますが 好みがありますからさてどうでしょうか。


ギボウシも雨に打たれて次第に大きくなってこれも食べごろ。おひたしにすると癖もなく ショキショキしてとてもおいしい。マヨネーズがけが好みです。

e0275537_1361642.jpg



庭の一角に イカリソウが咲きはじめました。北陸地方原産の種で冬でも葉が茂っていますがこの季節になるとこんなふうに花ががんばっています。
e0275537_1315599.jpg


こちらはコゴミ・・・・すごく増えます  少し増えすぎたので別のところにも移植しますが それでもどんどん増えます。シダの葉はあまり好きではありませんか゜この葉はふんわりしているので庭に茂っても苦にはなりませんがさすがにこう増えますとね・・・・・。かわいくありません。ほどほどがいいです。
e0275537_1540582.jpg
















.






.
[PR]
by zou337 | 2013-04-03 13:06 | Comments(0)

車が家電になる日

自転車のライトの点灯はタイヤの回転に伴って発電するなんというのかな・・・・ああいう方式で走りながら発電して蓄電する、これを動力源として更に走り続けられる ・・・これは単に蓄電池の能力の問題なのか。

ガソリンが要らない、走ってないときは余剰電力を リーフがやっているように夜間は家の電源に利用すれば 車自体が発電所となるわけで新規に発電所を建設する必要もなくなる。走って蓄電するという技術が安定 定着すればこういう生活も可能となる。持家の家庭でなくても なんとも興味深い話じゃないか。

車はいずれ家電となっていくだろうと思われるが 走ることでエネルギーを蓄積する技術が普通になってほしい。

飛行機がこの間 日本のあるメーカーの蓄電池の原因なのか異常に発熱して緊急着陸をした事故が発生したが あのような蓄電池を車に積載しても車の安定した走りは無理なのだろうか。
一人用か二人用のコンパクトカーなら実現の見通しはそう遠くない。


ソニーやパナが車のメーカーになる日が・・・・・・あれば楽しい。あっシャープも・・・(^_^;)
パナの幹部の一人が米国でポロッとそんな冗談を言ってほのめかしていう話をネットかなにかで知った。
案外極秘の話をいったのではないか。

省エネの最たるものは・・・・
同じように車のタンクに水を入れて 水素と酸素に分離させ 水素を燃やして走る車もできないものだろうか。水さえあればどこにでも走っていけれる。公害の心配もないし。水ならどこでもただで手に入る。そのためには
何トンもの水を積むことになるのであれば・・・無理かなぁ(^_^;)


ガソリンが不要な車が普及させるということは 経済の構造を根幹から崩してしまい 混乱を招く結果になるのだろうか。むかし 蒲郡で無限エネルギーエンジンの開発で資金を・・・・という投資の話を耳にしたけれどモーターの最初の回転のみで回転始めれば 無限に回転するという・・・あやしげな話ではあったが。

何倍の高額な天然ガスを輸入し続けている我が国が 政府として是正をあまりはからないというのも長期の契約で高いガスを輸入契約している商社への配慮なのだろうか。契約違反ということでさらに高額な違約金を外国から請求される・・・・ということ???


複雑なことはわからないけれども 最近話題になっている近海に眠る天然資源の開発に対してもこれまで日本があまりその開発研究に不熱心だったということもそんな背景があるとなにかできいたことがある。

ガソリン価格やガスの価格に左右される社会から解放されるのは何年先の未来なのか。
地球上での地下資源をいつまでも利用される時代はそう長くない。

太陽とか海の干満とか 風とか 空気とか水とか日常空間の普通にあるものでエネルギーを確保できる未来が待ち遠しい。



それまで長生きして そんな未来社会に生きてみたい  ・・・・ 好きな車で飛ばしてみたい




.
[PR]
by zou337 | 2013-03-23 09:29 | Comments(0)

生まれ出ずる悩み

有島武郎著作のこのタイトルの本を手にしたのは 10代の後半・・・・・なんか近頃 懐古的になった。

いやたまたま思い出しただけ。

東北だったか 地方で漁民をして生計を立ててはいたけれども 画家へのあこがれがふっきれず

ある時作者の家に自作の絵を持ってきて 自分の絵はどうなのか・・・・と問う そんな出だしであったか・・・

暗い世相の中で 苦難の暮らしの中で描き続けた 男性の人生・・・・

・・・その一節

「君よ! 今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り広げて吸い込んでいる。春が来るのだ。君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし‥‥僕はただそう心から祈る

作家の文体に惚れるということはときどきあるものだ。



さて 人の悩みと言えば数知れず 誰でも悩みの一つや二つは抱えている。

仕事のこと 肉体的なこと  経済的なこと  精神的なこと ・・・・・・・・・・・・・・・・生きていく以上 キリが無い

生きるということは 苦しむことである・・・こういう軽い言い方すると顰蹙ものだけど。


行き交う人の顔を見て この人の奥にどんな悩みがあるのか、というような失礼なことは考えないが

誰しもがなにがしかの問題を抱えていると思うだけで 自分の悩みが 少しは軽くなるような安堵感がある。

悩みというのは 不幸の一つと考えれば 不幸の質もいろいろだろうから それを顔に出さず 

日々営々と暮らす また生きなければならない 人間の宿命 生きている以上 不幸を背負うことで

生きる糧の喜びを分かち合えることもある。



水鳥が水面を涼しい顔して移動する様を よく人になぞらえられる。

水鳥のあのポーカーフェイスの何気ない水上の表情とは裏腹に 足は必死に水の中で 搔いている様は 人の生活と似ているからだ。
e0275537_541485.jpg


ただ 口にしたところでどうにもなるわけではない。

ただひたすらに 世間という水を相手に ひっしこいて もがく悲しきかな 人の業。

それでも水面にきらきらと輝く 反射光を希望と信じて 夢を失わず 今日という一日を生きるしかない。


FACE BOOKの「いいね」が なんとも虚しく感じるのはぼくだけかしら・・・・誰かにそう言ってほしい

そんな現代人の寂寥感  そんな人の弱さの裏返しのような気がする。

いじわるなことを言ってはいけない・・ ささやかな日常の心模様の画像 小さな嬉しさ 感動・・分かち合いた

い 英語の世界では なんていうのだろうか・・・「good」 ?



そういう こんなblogも同じようなものだ、誰かに自分を知ってほしい・・・・・(^_^;)

悩みを誰かにわかってほしい こんなことあった・・・・ 人に話してすうっと落ち着くこともある

自分で書きながら気持ち 想いをまとめられる 整理する こんなところかも。

活字に置き換えて・・・これも心の弱さに違いない、強い心というのはただ黙々生きること。

悩みもあるが 多くは心の奥底にしまいこむ、話したところでどうしようもない。


懐が寒いよ ・・・と打ち明けても これだけは 笑われる ホントでも信じてくれない (-.-) 。

せめて「笑い」が少しは暖をとるエコな方法だが そういう努力を知る人は少ないのが悲しき哉。


仕方ないから アヒルの足さばきのようにがんばるだけ。






 
[PR]
by zou337 | 2013-02-07 05:35 | Comments(0)

時にはこの歌を

やっぱり古いかなぁ・・・・

この歌・・・・・「岬めぐり」 「夢をあきらめないで」 



「岬めぐり」は山本コータローが熱唱した、この歌が失恋の歌としったのは最近・・といっても去年である。

せつなさをパワーにして再出発したい・・・・そんな若者の心情にこちらもなにかさわやかな元気をもらう・・・・


「夢をあきらめないで」はさらに古いかな、 岡本孝子の美しくやさしい声となんとなく甘い雰囲気

が好きで ときどき 聴いたり歌ったりする。
e0275537_454443.jpg


 卒業し、自分から遠ざかる心に住む彼への応援歌。 それは自分に対するけじめの歌詞とも

 リズミカルな旋律につい口ずさんでしまうこともある。

歌詞の内容と自分の状況からすると違和感を感じないわけではないが、 いやまだまだ 俺だってと励まされ

未来を考え直してしまう歌でもある。



この時代の歌というのは なぜか胸というか心にある鐘を細やかに打ちならすような響き魅力があって他にも

いい歌が散見している。



事務所のコンクリートの箱は中の音は外には聞こえにくい、昼下がり 夕暮れ時 

 少し ボリュームをあげても安全のようだ、よく響いて具合がいい。 作曲家の友人からいただいた

大きなスピーカーから 流れる音は疲れた自分へのご褒美である。

一日のわずかな時間 音にまみれて 過ごすひと時はまた 悩み事から解放される時間でもある。
e0275537_449225.jpg







.

 





.
[PR]
by zou337 | 2013-02-06 20:07 | Comments(0)